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本来なら成人式で初めて入れる王宮の大広間。
その名の通りの『大きな広間』である部屋を、拡大魔法を同時展開することによって極限にまで広げられている。
同じ内装だった学園の講堂でクリスマスのパーティーを経験していても、ここが『王城』だと言うだけで緊張感がまるで違う。
果たして、同じ内装にした理由である『慣れるため』は功を奏しているのか甚だ疑問だ。
高い天井にはキラキラ輝くシャンデリア。その向こうの天窓からは打ち上げ花火が見えるけれど、これは魔術道具が見せる映像だ。本物があの位置で上がってたら五月蝿くてパーティーどころじゃない。
磨き上げられた大理石の柱に、黄金の燭台。クリスタルのようなガラス窓を飾るレースのカーテン。手入れされた庭は、魔術具の照明で幻想的に照らされている。
入りきれない場合に備えて第2、3会場も用意されているが、自然とそちらには騎士爵位を持っている冒険者などが慣れない場ゆえに所在なさげに集まっていた。
無礼講に近いお祭り騒ぎというのもあって、成人未満の子供も参加が許された特別な夜。とはいえ『12歳のお茶会』を経験した子供から、と各々が自主的に配慮はしているみたいだった。
功労勲章も授与された参謀だったベイルードが婚約者なので、本来なら彼にエスコートされて一緒に入場するべきだったが、可愛い弟のおねだり『一生のお願い!1回で良いから姉上と一緒にパーティーに出たい』を受けては無碍にはできない。
また、
なので今日のわたしは、いつぞやの『乱入したベイルード無双により原型を失ったドレス』を着て弟と手を繋いでの入場だった。
ベイルードは難色を示したそうだが、そこは家族大好き婿憎しの
お祭り騒ぎで正式なパーティーとも言えないし…。
何を隠そう!!わたしたちはまだ、正式にプロポーズをしても受けてもいなければ、正式な公表もされていないのだ!!
全くの正論である事実を言われては、流石のベイルードも反論のしようもなかったのだろう。
まぁ…『話を進めましょうか』となった矢先に世界崩壊の危機だったのだから、仕方ないと言えば仕方ない。
通常なら配慮するのだろうけれど、残念ながらレジナルド・ゲイルバード公爵には娘婿にそんなことする器の広さはなかった。
ついでに言うと、まだ正式なプロポーズ&公表前と言うこの隙を狙って、
既成事実…とまではいかずともそれっぽい噂でも流れてくれれば、『正式発表前』を理由に、自分に都合の良い娘と結婚させてしまおうと考えているようだ。
わたしとしては、この機会にどこかの令嬢がベイルードを掻っ攫ってくれることを密かに期待しているけれど、まぁ…十中八九、無理だろうな〜と思っている。
何しろ、今回の廃神討伐の裏で暗躍し第1側室派閥の一網打尽の立役者が、何を隠そうベイルードなのだ。
世界中の救世主は確かに『聖少女』
宰相である
何か弱味でも握っていれば、とっくに嬉々として重箱の隅を突いて破談にした上で無条件で自派閥へ属させていたはずだ。
弱味や隠しておきたい後ろ暗いことが何もない、と言うことも、公爵がベイルードを警戒し敵にはしたくないと考える一因だ。
まだ成人前で、第1王子の腰巾着だとか…他にも色々と悪い噂が多かったのに弱味らしい弱味がない。噂は流れているが逆に言えばその程度しかない。
宰相公爵が探ってもその背後の不透明な王子。
それを知ってしまった以上、公爵はベイルードを野放しにはできない。
それこそ、婿としてでも懐に入れ監視しておきたいはずだ。
何より、自分の後ろ盾でもあるのに、いずれ騒乱を巻き起こす火種になりかねない者たちの排除に手を貸した。その一点が、公爵には『借り』になってしまっている。
『我が身を犠牲にしてまで尽力した王子』を放り出しては、逆に公爵が責められてしまう。
公爵はベイルードの術中に見事にハマってしまったのだ。
そして、それを自覚させ悔しがらせるまでがセット内容なあたり、ベイルードの性格の悪さが窺える。
賑わう大広間を公爵夫妻に続いて、
貴族の跡取りや先約のない令嬢は、これを機会に一足先に売り出されるためにあちこちで品評会めいた挨拶回えいだ。
わたしはと言えば、だいぶ体力は戻ってきてはいるものの、ドレスと人混みと言う普段とは違う疲れで、パーティー開始前の時点で帰りたい気分になっている。
目的である
ぼんやりと人混みを眺めながらそんなことを考えていると、熱気で
今回の舞踏会の主役である、廃神討伐の中心であった『聖少女』の
昼間の功労勲章での2人の婚約と第3王子の王太子決定はすでに噂になっていて、話題のほとんどが彼女たちについてだ。
大半が『聖少女』を王太子妃に、いずれは王妃に迎えられる自分たちは幸運だ。と、好意的だけど
中には、まだ
どうやら一網打尽にできたのは中心人物だけで、末端はまだ少し残っているようだ。
放っておかれてるのは、彼らだけではどうせ何もできやしないと判断されたのだろう。現に、酒の勢いに任せて愚痴る程度が精々のようだ。
遠くの方で、大広間の守衛が入場する客の名前を読み上げる声がひっきりなしに聞こえてくる。
一体どれだけの招待客がいるのかわからないけれど、間断なく聞こえる読み上げからは入場が完了するのはまだ先かな?
いよいよ始まるエンディングの前に、熱気と人混みで気持ち悪くなったのを少し治しておこう、と思い立ち、氷入りの冷たい炭酸水を手に持ってバルコニーに避難することにした。
冬の気配の濃くなった秋の日暮れは早く、すでに当たりは真っ暗だった。
バルコニーの手摺越しに見える眼下の庭は、魔術道具のライトでポツポツと照らしだされている。
その遥か向こう。城壁の向こうにある城下町では、本物の花火が打ち上げられていて、時折、その端っこが垣間見えた。
ドレス姿で屋外に出ると、昨年のクリスマスを思い出す。
メインはこの大広間だけど、他の会場や休憩室周辺などにモニターの様な魔術式の投影機が設置され、メイン会場の様子を流すことになっている。
同時に、
ギリギリまでここにいて、隅っこから確認したらさっさと帰ろう。
残りの炭酸水を一息に煽って飲み干そうとすた瞬間、
「我が婚約者殿は死地に赴いた夫を労うこともせずに、毎度毎度のかくれんぼか?それとも…こうして探し出されることを求めているのか?」
突然に耳元にねじ込まれたベイルード声と、後ろから抱きすくめるような体勢。密着する背中から感じる気配と体温。
いつぞやのクリスマスの時にも使ったのであろう気配を完全に遮断する術式で、またぞろ背後から唐突に現れた男に驚いて
飲み込もうと口に含んでいた炭酸水を、毒霧よろしく吹き出してしまった…。
もし、下に人がいたなら謝りたい。
でも、分かって欲しい。わたしは悪くないと言うことを…。
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