73


ハンカチと手紙を送った翌日に届いた伝令を最後に、出陣隊からの詳細な連絡は無くなることになった。


別に全滅したからではなく、ダンジョン攻略もいよいよ階層が深まり、状況報告のために逐次ちくじ送っていた伝令の行き来が困難になったためだ。

物資補給と人員入れ替えのための補給部隊は引き続き行われるので、その際にされる僅かな状況報告以外の細かな行き来は無くなるらしい。


最後にされた状況報告には、

『いまだダンジョンは深くまで続き『魔人』の姿もない。熟練した高ランクの冒険者も加え進軍を進めているが、召集した貴族私兵の練度差が激しい。

また、未だに『聖少女』および女神のお告げを疑う不信心者もあり指揮に従わぬ者まで出る始末。

緊急事態ゆえ、超法規的措置として追放刑としてダンジョン内で置き去りにせざるを得ない状態である。

しかし、大半の者は総大将であるエヴァン殿下並びに参謀のベイルード殿下によく従い、着実にダンジョンを攻略している』

…だった。


今までの報告は全て、マイナスイメージになりそうな部分は省き、良さそうなところは誇張して広めていたが、今回のは特大の報告だった。


置き去り処分にした者やその他の罪を犯した人間が、その名前と罪状を細かにしるしたものも同封されていて

罪人の血縁者や雇い参戦させた貴族などにも、なんらかの罰を与えられることになった。


その罪人のほとんどは第1側室ジャネットの後ろ盾としての権勢を誇るデルセン伯爵家の息のかかった人間だった。


仮にも同じ派閥の第2王子ベイルードがいるのだから、彼の役に立つよう立ち回るはずだが…同派閥内でも、どちらの王子を支持するかで内部で対立があるようだ。

結果、第1王子オリゲルド派の貴族の息のかかった兵士が中心になって罰され、第1王子オリゲルドは著しく評価を下げることになった。


それを受けて、今度は王都内で必死に噂をまき始め、

『魔人』の襲撃はでっち上げで、対立派閥や反抗的な貴族家門を弱体化ないし取り潰すための自作自演、とか。

『聖少女』であるヒロインサラは偽物で、第3王子がお気に入りの平民娘を嫁にするためのデモンストレーション、などなど。

権力を欲しておきながら、その権威を失墜させるような与太話を必死に広めようとした。


もう後に引けなくて、破れかぶれの行動だったんだろう。

しかし、この噂はヒロインサラを『聖少女』と認定した女神教まで敵にしてしまった。


一度は国内の女神教本部で加護の測定を受けたヒロインだったが、旗頭にするために『聖少女』の認定が必要となり、教皇に直々に来訪していただいていたのだ。

女神の言葉の代弁者として生涯、女神からの託宣のみを口にすることが許された『神子みこ司教』が、ヒロインサラを『英雄の生まれ変わりである』と宣言したことも相まって、『聖少女』の認定はすんなりと行われた。


それを『でっち上げ』と吹聴するのは女神教を敵に回すも同然だった。


国王陛下は大いに怒り、噂の出どころを徹底的に追求し、相応の罰を与える!と宣言したらしい。

それだけ強い『遺憾の意』を示さないと、今度は逆に国王自身が女神教から責められかねない。


国王陛下アーチはこれを機会に、第1側室ジャネット及び第1王子オリゲルド派閥を徹底的に潰すつもりでいる。同派閥のベイルード殿下は今回の『廃神はいしん封印』の参謀をになった功績もできるし、何よりアイツは王族籍から抜け公爵家に婿に入るから、そこまでの痛手にはならんはずだ』


これから、内部摘発で忙しくなるからその前にお前には伝えておきたかった、と珍しくわたしの就寝前に帰宅した公爵に呼び出された書斎でのことだった。


国王陛下はついに第3王子エヴァンを王太子にすることに決め、ベイルードが手を回し準備した作戦通りに、目の上のタンコブだった第1側室派閥を潰すことにしたようだ。


いつもワインを好んでいた公爵が、珍しくブランデーをちびちび舐めながら、ぼんやりと独り言の様につぶやいた。


『出陣の前に、後始末を頼む。と言って行かれたのだ…おそらく、こうなる事を気が付いていたのだろう。大局を見れぬ派閥のものが独断専行し自業自得で潰れることも、調子良く載せられているだけの母は彼らの行動を把握しておらず、愚かにも担がれているだけの兄が統制などできぬことも…』


実の母だろうと兄だろうと容赦無く切り捨てるベイルードは、政治家としては優秀なのだろう。

その優秀さは同じく政治家である公爵にも分かっている。反面、その容赦のなさが娘に向くことに不安を覚えているようだ。


加えて、自分にはそこまでの非情さがなく、政敵ではあるが親友の妻と息子の『処分』を平然と行えない甘さに…まだ成人前のベイルードとの政治家としての力量を感じて、いくらか落ち込んでもいた。


まぁ、相手はトータル1000年以上の酸いも甘いも噛み締めた仙人みたいな存在だ。それと比べたら世界中に人間全てが赤子みたいなもんだろう。


こんな時に、別邸にいるのが弟ではなく妻の公爵夫人だったらいくらでも慰められただろうし、わたしが中身同様にアラフォーだったなら、いくらでも愚痴り酒に付き合えたのに。


例えば、物語でよくある『そしてヒロインは王子さまと幸せに暮らしましたとさ』と、言うありきたりな文章も、実現するためにはこれだけの大掛かりな政治的な動きが必要になる。


王子が王子の身分のままかどうかで大分、騒動の大きさが変わるけれど…今回は、王子がそのまま王様になるコースに乗る人だから余計に大変だ。


舐めるように飲んでいたブランデーを一息で煽った公爵が、相対して座っていたわたしに薄く微笑みながら言う。


『ベイルード殿下は…これを全て見越していたのだろうなぁ…』


わたしはそれに曖昧に笑い返すことしかできない。

相思相愛だったなら、父親に認められるようなその行動を誇りに思えただろう。

逆に、心底嫌っていて、でも政略結婚的に仕方なく婚約関係にあるのだとしたら、苦々しい顔でもして聞いたはずだ。


ただ、一抹の不安として『あれ?これ…婚約破棄される気配がないんじゃない??』と焦る気持ちしかなかった。


どう考えても、自分は公爵家に婿入りが決まってるから兄や母親の派閥がどうなろうと知らん!!って前提の行動に思える…。


え?せっかく、世界を救うために陰ながら尽力した結果が、平穏な生活でも幸せで暖かな家庭でもなく、あのオッカナイ男の伴侶!?


そんな人生のために、必死になったり死にかけたりしたわけじゃない!!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る