幕間 第2王子 ベイルード2−1

本来なら死んでいるはずのゲイルバード公爵家の令嬢、リリーシア。

彼女の死がきっかけで、今頃の宰相は引退し領地に引きこもているはずだった。後を継いだ息子はパッとせず、そのまま表舞台に戻ることもなく衰退していった家門。


公爵家の奥深くから滅多に外に出ることのなかった娘だったが、貴族令嬢として王立エリエンテイル学園への入学は避けられない。

幼い頃、第3王子エヴァンの茶会か何かに出席している姿を遠目にチラリと見たことがあったが、学園内ので見た成長した姿は、公爵が隠したがるのも納得の美しさだった。


たっぷりと豊かな黒髪は紫の綾がかるツヤがあり、ルビーよりも赤い瞳は常に夢幻を見つめているような虚ろでありながら目が離せない怪しい輝きを見せていた。

正妃やエヴァンの招待なら受けていたと聞いていたので、てっきり仲が良いのかと思えばそうではなく。取り入る気もないのか、あくまでクラスメイトの1人として接しているようだった。


特に目立っておかしな行動をしている報告はなかった。ただの令嬢の1人…と言いたいが、どの授業でもトップクラスの成績を涼しい顔で叩き出す様は『凡庸ぼんよう』や『平凡』とは言えないだろう。

机に齧り付き寸暇すんかも惜しまず勉強しているでもないのにあの成績は、賞賛に値する。


それなのに、印象が薄いのだ。

ただの才色兼備な令嬢としか記憶に残らず、目の前にいなければ顔の造形ですら朧げになる。

これは認識阻害の術式をかけられている時と同じだ。

もしや、公爵が娘を溺愛し要らぬ虫がつかぬようにしているのかとも思ったが、どうもそうではない。


彼女自身が望んで、『埋もれる令嬢』になろうとしているようだった。


父親の権勢があり、自身もそれだけの価値がある。

高位貴族の令嬢ならば、結婚相手や友人となる相手も重要なステータスになるのは教えられているはずだ。

より価値の高いそれらを得るために、自分が価値のある人間だと知らしめるのは貴族の社交では大事なこと。


あえてそれをしない目的はなんだ?

あの令嬢には確実に何かある。そう確信し、ダスティンには公爵令嬢について些細なことも報告するよう命じて言いた。




『初めて顔を見た気がした』

思わぬダスティンの感想だったが、どんな些細なことでもそこから波及して大きな事件に発展していく。

すでにゲイルバード公爵令嬢という存在自体が『大いなる過ち』の可能性がある以上、問いただす理由になる。


裏から手を回し、エヴァンの側から離れられる口実を作ってやって誘き出した放課後。

気持ちばかりが急いて防御術式を施した装飾品の存在を失念し、返り討ちに遭ってしまった。

吹き飛ばされた俺を見て、ダスティンは『そういう演技』と思い奴なりの乗った結果…強行状態に陥ったリリーシアは骨折する大怪我をすることになる。


話を聞き、場合によっては始末をするつもりでいたが、何も喋らず殺気に当てられて暴れただけでは意味がない。


なんとか言い訳を作ろうと思ったが、学園内で高位貴族の令嬢が骨折の重傷など負ったとなれば学園が…ひいてはその庇護をしている王族が公爵の怒りを買うことになる。

本来なら、意気消沈して引きこもっているはずのくせに、娘がいるせいか家門の権勢もそのままに現役の宰相として国王の信任も厚い。

王子にして最強の魔術師ではあるが、いまだ成人前の学生の身分では部が悪い。


仕方なしに『謎の襲撃者』を作り出し、それから助け出すと言うストーリーをでっち上げ恩を売ることにした。

リリーシアの方は、あれだけ殺気で脅されていればしばらくは下手なことは言わないはずだ。



2度目の邂逅は、学園の外で行った。

公爵の追及が思いのほかしつこく、『襲撃者』なんぞとっくにいないことは判明しているのだろう。『襲撃者とは第2王子である』と言う結論にすでに至っているはずだ。

ただ証拠もなく、被害者の娘も口をつぐんでいるから深く追及できないだけ。


なので、より『謎の襲撃者』が現れてもおかしくはない状況ということで、帰宅途中の馬車を襲撃することにした。


例によってダスティンをエヴァンの側から離すのに手を回し、公爵の疑惑の目をを欺くために偽の予定を入れる必要もあった。


公爵家の馬車を装い、第1案として誘い出した場所で尋問するつもりだったが、馬車を降りきる前に異変に気がつき、やむなく第2案の俺の離宮に連れていくことになった。


押し込んだ馬車ないでは、尻尾を掴むためにあえて隙を作り反応を見た。

そのまま外に蹴り出せば良いものを、襲撃者の助け出そうとするお人好し。

仕事を請け負い人を殺すプロは命を助けたからといって、感謝して手心を食われることは決してない。

そんなほだされ方をする暗殺者は、ふるいにかけられ真っ先に失敗し死ぬ。


果たしてその甘さまでも演技なのか…偽りの姿なのか。

改めて離宮に招き相対してみれば、初見時の印象が嘘のようにそこには『生きた女』が座っていた。


黒い紫の綾がかるかみも、深紅の宝玉ルビーのようなその瞳も変わらない。それなのに、受ける印象が全く違うのだ。

ダスティンが『初めて顔を見た』と感想をこぼしたのも頷ける。


まるで初めて見る貴族令嬢のような、知らぬ顔のゲイルバード公爵令嬢がそこには座っていた。

普段のぼんやりとした個性のない貼りつけた令嬢の笑みではない、生きた女の顔がそこにはあった。

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