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騒ぎは広間の方から聞こえた。

喧騒から離れ過ごしていた生徒、逢瀬を楽しんでいた生徒、交代で休憩をしていた教授たちなどが集まる一方、逃げてきたと思われる生徒も現れだす。


「……これは、マズいな」


足音や喧騒に紛れて消えてしまいそうなくらい小さな声だった。なのに、やたらと鮮明に聞こえたのは何故だろう。緊張感から感覚が鋭敏になっているのかもしれない。


だって、未だかつてないほど…肌がビリビリとして嫌な予感かしている。


ベイルードとダスティンに初めて会い、真正面から殺気を向けられたあの日はトラウマになるほど怖かった。

帰宅途中の馬車を襲撃され、そのまま彼らに拉致された時も生きた心地はしなかった。

洋品店で乱入してきたベイルードの不機嫌に気圧されドレスのデザインを強制変更された時は困惑したし、その後のセクハラは羞恥と怒りの乱気流だった。


どれも突発的な出来事で、行き当たりばったりに乗り越えてきた。

でも、今は自らに異変に向かっている。

本当に平和で平穏な生活がしたいなら、言われるまま休憩室に残るべきだった。貴族の令嬢なら、爆発音に不安になっても騒ぎの現場に駆けつけるべきではない。それは分かってる。


それでも、何故か、駆けつけなきゃいけない!と湧き上がる感情があった。


わたし自身で気がついている。この感情は別のところから勝手に噴き出し、体を動かしている。感じたことのない違和。


おそらく、物語の『強制力』。


今までそんなもの無かった。思うままに行動しても、誰かの意図や、ゲームの本筋から外れた行動では無かったからなのか。それとも、外れた行動をしていてもさして支障のない場面シーンだったからか。

それが今になって、このタイミングで起こっている。

『どうしてもリリーシアわたしがこの騒ぎに参加していなければいけない』理由が何かあるのだろう。


どう足掻いても平穏とは程遠い爆発音の続く広場には嫌な予感しかしない。


そんな危険そうな場所に向かわされている…それがとてつもなく『嫌な予感』がする。


ついさっき思い浮かべた疑問がチラつく。

まだ学生で、しかも王族や貴族でもあるヒロインや攻略対象たちが…一体、なんの理由があって世界を壊そうとする廃神はいしんと対峙しようと思い至るのか…。

今まで不思議に思ったことはなかったのに、このタイミングで浮上した疑惑。


もし…もし、仲の良いクラスメイトの『死』がそのきっかけだとしたら??


振り払うのに何度も迫り上がってくる仮定に、足が止まりそうになる。

…なっているのに、足はきちんと規則的に左右交互に前に出て駆けている。

そうであるように、と動かされている。

止めたいのに止まってくれない。赤い靴を履いてるでもないのに。


いよいよ、もう次の角を曲がれば広間まで一直線のところでベイルードが徐々にスピードを落とし立ち止まる。

自分の意思で止まってくれないと思ったわたしの足も同じように止まる。

どうやら、ベイルードと共に広間に駆けつけることが条件のようだ。


「怖いならここで待っていてください」


きっとこれが最後の確認だろう。恐怖で青白くなった顔で、ありありと『行きたくない』と語る令嬢に対する最後通牒。

そうだよその通り。本当は行きたくない。それなのに口は意思に反して『大丈夫です』と答えてしまう。


きっと、今はベイルードもこの『強制力』の渦にいるのだろう。

普段の彼ならば、こんな真っ青な顔をして行きたくないと全身で拒絶しながらも『行く』と選択したわたしに不信感を覚えているはずだ。

どこかで起こっている騒ぎより、目の前で不審な行動をする『前々から怪しいと思っていた小娘』の方を先に問いただすだろう。

彼にとっては『死に戻りループ』の解決が最優先で、騒ぎで人死にが出ようと目の前の小娘を始末する結果になろうとループの中の1つの現象に過ぎない。

死んで戻れば全て元通りにリセットされる、背景のセットに意味などないのだ。


それなのに、詰問もしない。残れとも言わない。

わたしの意思の硬いのを確認し、大きく頷くと角を曲がり広間へ一直線に早足で進む。彼が歩き出すと同時に、わたしの足も歩き出す。


逃げてくる生徒とすれ違う数が格段に減っていた。

広間から三々五々に逃げ散らかしたにしても数が少なすぎる。その理由は、広間に広がる悲鳴や痛みに呻く声。


瓦礫や天窓の破片が散乱し、床にも幾重にひびが入っている。

その中心には作り物めいた真っ白な肌に同じく白い髪、真っ黒な瞳には白目部分がなく、長く尖った耳…『魔人』と呼ばれる存在が立っていた。


それに対峙するようにヒロインサラと、彼女を支えるように第3王子エヴァンが立っている。

背後に庇っているのはダスティンと彼を抱える側近ニコラエス。見るからにボロボロの彼らは一足先にあの魔人と接敵していたのだろう。

イメージカラーの礼装は見るも無惨にあちこち裂けて血が滲んでいた。

ダスティンはピクリともしないけれど…生きてはいるのだろうか?


あぁ…それにしても場所が悪い。よりにもよって、わたしたちは魔人の真横近くに駆けつけてしまった。

この扉からの避難者が少なかった理由はこれだ。運よく逃げられた人、あるいは、逃すために立ち塞がった人がいたからあれだけ逃げられたのだ。


魔人はこちらの存在に気がついていたはずだ。人より数倍も鋭い五感を持つ存在が、逃げる足音とは別に向かってくる足音に気がつかない訳が無い。

排除するなら真っ直ぐ伸びる廊下の角を曲がった時点で攻撃してくれば良い。

しかし、そうしなかったのは…。


「!?……っゃめてぇ!!!!」


わざとゆっくり腕を上げ、視線を誘導してその先にいるものを認識させる。

わたしたちに気がついたヒロインサラが悲鳴に近い制止の声をあげるが、当然に聞き届けられるはずもない。

向けられた手から黒く不気味な稲妻が放たれる。


つまり…やっぱり…このための強制力だったのだ。

ヒロインの目の前で、友となった令嬢の死。


残念ながら、普段しこたま身につけている防護のための魔術道具アクセサリは、今はほとんど身に付けていない。

着飾るための宝石はただの輝く石で、術式が封じ込められたものはドレスの下、ガーターベルトに縫い付けられた小粒の飾り石1つ。…最低限のものだ。

ぞくの不意の凶撃を1度は弾き、その隙に逃げるなり、魔術で対応するなりの時間稼ぎ程度のもの。


その点、ベイルードは普段と変わらずに強力なそれらを身に付けているはずだ。

こんな時には、ほとんど意匠デザインの変わらない礼装で済ませられる男の人が羨ましい。無傷とまでは行かずとも生き残りはするだろう。


これによって、ヒロインには覚醒するきっかけができて、それを支える攻略対象にもヒロインを支えながら共に戦う理由ができる。

そのための必要な犠牲で、強制力によるこの場への誘導だったのだ。


でも、おかしい。『悠久の詩』にこんな劇的ドラマティックなシーンがあっただろうか?

まぁ、でも。ほとんど思い出せていないに等しい頼りない記憶だったのだ。

きっと、もしかしたら…あったのだろう。


記憶が曖昧なのはおそらく、自身の死を恐れこの場面にならない可能性をつぶしたかったのだろう。

誰でも黙って死ぬ運命に身を任せたりしない。回避できるならする。

例えば…ヒロインを助けはするが友人にならない範囲で、とか。


ヒロインの存在が重要である、とだけ思いださせ、そばで見守らなければいけない、と思い込ませ…友人にさせたかったのだろう。

まんまとその通りに成ってしまった。


エンディング周辺の記憶が思い出せないのは、ここで出番の終わる友人役わたしには必要のないものだからだ。

ならばせめて、生き残るであろうベイルードに、ヒロインの重要性をいておけばよかった。

わたしのいなくなった後、彼女の助けになって欲しいと…それこそが死に戻りを解除する術だ、と告げておけばよかった。

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