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「魔力とは違う力に満ちた場所を知っているか?」


状況にそぐわない話の内容に困惑顔のまま首を横に振る。


「王以外を禁則にした地図にも載らぬ土地がある」


ベイルードが言うには、王か王太子となった子供にのみ立ち入りを許された禁則地を有する直轄地があるらしい。

そこは、かつて女神の加護を受け廃神はいしんを打ち倒し国を興した祖王が、くだんの加護と廃神打倒の使命を受けた場所らしい。


「かつての人生において、眉唾物だと足を踏み入れた俺はその地に満ちる『魔力ではない力』に圧倒され、死んだ」


英雄が女神の加護と使命を受けた場所はしっかりと地図上に観光地として存在しているが、そこは対外的に分かりやすく信仰を集めるために建設した場所なのだそうだ。

そして、本当に女神が降臨し世界の命運を託した場所には、今もなお女神の力の残滓が残り、彼女の許可なき者、無礼な振る舞いをする者を許さず排除するだけの力が残っているらしい。


それも『王族』『王家の血を引く者』を判別するならまだしも、王か王太子と限定するとなるとそれは人の治世の範疇になる。

その判別をしていると言うことは女神はいまだ健在で、しかも人の世の治世を見守っていると言うことになる。


「あの庭で平民の娘と愚弟の乳繰り合いを覗いていたお前は、途中から気分が悪そうだったな?その時、なぜか仕切りに頭のあたりに手をやっていた」


吐き気がしているなら口を、目が痛むなら顔を抑えるはず。


「実際に視界に何かを見たのではなく、頭に直接映されたのだろう?何を見た。今度は何を託された?」


かつて禁則地に踏み入り死んだ時に感じた力と同じ気配を、あの眩暈に見舞われていたわたしから感じ取っていたらしい。


見ていたものと聞かれても…頭に浮かんでいたのはこの世界をゲームとしてプレイしていたと思われる状況だ。


コントローラーを持つ手元は鮮明に、しかし、目線をモニターに向けると途端にかすみがかる。通過したイベントの1枚絵スチルは鮮明に各キャラ思い描けるのに、それ以降のイベント…特にエンディング周辺のシナリオを思い出そうと雑音とノイズだらけで不明瞭になる。


ラストダンジョンを隅々までマッピングしたはずなのに、どんな敵が出たかどんな雰囲気だったか分からない。

洞窟なのか、建造物なのか、明るかったか、暗かったか、敵の造形は、宝箱の中身は、中ボスはいたか、ラスボスのビジュアルは、メンバー編成は…。

コントローラーを握って、モニターの前に座り攻略本を片手にプレイしていたはずなのに、次の瞬間には携帯機のような小型の端末で寝転がりながら遊んでいた気もしている…。


思い浮かべようとすると途端に霞む光景のその向こうを知りたくて思考の渦に沈みかけていたら、ペチンと肌を打つ軽い音が響いて引き戻される。叩かれたのが自分の頬だと、じんわりと広がる痛みで自覚する。


「今もまた『魔力ではない力』の気配を感じたぞ。しかし、託宣がそう頻繁にされるとは考えにくい…一体、貴様は今、どんな状況なのだ?」


流石のベイルードも少し困惑している。しかし『魔力ではない力の気配』を女神のそれと言うのには確信を持っているらしい。伊達に1回不興をかってられていない、と言ったところか。


この記憶を手繰り寄せようとする際に見える映像が、女神の手助けによるものだとしたら良い。

映像が不鮮明なのも、色々と場面が違いそうなのも電波不良でうまく受信できないだけなら、断片的に見えたものをわたしが整理整頓して前後の辻褄を合わせれば良いだけだ。


けれども、もし…この記憶のだとしたら。


女神が前世の記憶を思い出させないように妨害している。あるいは『悠久の詩』の記憶を全て引き出せないようにしている、としたら?


だとしたら何故?きちんと思い出した方がヒロインの手助けになるのに…知識によるチート無双をさせないため?


しかし、ベイルードには何と答えたものか。

『気配』とか曖昧なものを判断材料にしている割には確信を持っているみたい。ここで変に言い逃れすると『女神の託宣でヒロインを守る』の設定が怪しまれてしまう。


…って、言うか!!そうだよ。口から出まかせだったんだよ。『病の床にある幼いわたしに女神が囁きました』なんて。

それなのに、何!?本当に女神関わってくるの?託宣なんて受けてないのに!?


それとも、ブラック勤務で限界おひとり様の結果過労死したわたしが、死ぬ運命にあった公爵令嬢のリリーシアに転生だか憑依だかしたことが女神の采配だったのだろうか??

だとしたら、やっぱり目的はヒロインの恋愛成就=世界崩壊の回避じゃないの?なおさら、記憶があった方が良い気がするけど。


今度こそ口を割らせるつもりのベイルードは黙して待つつもりらしい。

静かに黙って見下ろしている。

ドレスがシワになるし、結い上げた髪も崩れるからせめて起き上がりたいんだけど…それを言い出せそうな空気じゃない。


どうしようか…いい加減白状するべきか。前世云々うんぬん、本当はゲームの世界だとか…にわかには信じてもらえそうにないけれど…。

少なくとも『死に戻りループ』なんて超常の体験をしている人間だ。全面的に信じるまではなくとも、せめてヒロインの重要性がわかってもらえれば…。


「………じっ…はっ!?」


意を決して口を開いたとき、部屋の外…遠くから甲高い悲鳴と爆発音?破裂音?が連発し、ガラスが次々に割れる音がたて続きに聞こえる。

爆発音の時などは振動で建物も揺れたくらいの衝撃だ。悲鳴は途絶えることなく、爆発音はずっと続いている。


「……お前はここにいろ!」


身を起こしたベイルードが足早に部屋の扉に向かうのに続く。

安全を考えれば動かず救助を待つのが正解だけど、これがただの地震…天災では無かったとしたら。

少なくとも、この僅かな振動で破裂するガス管などはない。それなのに断続的に続く爆発音の正体が気になる。もし本当にガスや火災なら閉じこもってる方が危険だ。


無言で見つめ返すが、じっと籠っている気がないのが伝わったのか『では、そばを離れないでください』と外面用の笑顔とですます口調で告げて、休憩室の扉を開けた。

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