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思いのほか近かった
慌てて、腕をつっぱり突き飛ばそうとするも押し負けたわたしは、再び石柱に背中が当たり飛び上がる
自分の懐のうちで1人、ぴょこぴょこ跳ね飛ぶ姿がよほど滑稽だったのか、グフゥと言う末期の呼吸にも似た音で吹き出したベイルードは肩を震わせ笑いを堪えている。
肩を震わせ顔を背けて口を必死に押さても、口の端から漏れる音は徐々に大きくなっていく。
いっそ大声で笑い飛ばして欲しい…。
羞恥心で上がった体温で、さっきまで感じていた肌寒さや石柱の冷たさも塗り替えられる。全身が真っ赤になってるんじゃないかと感じるほどに熱い。
いつまでも肩を震わせているベイルードに、恥ずかしさから八つ当たりで大声で怒鳴ってやろうと思っていると庭の入り口あたりから控えめな話し声が聞こえた。
まだ風に乗って微かに聞こえてくる程度で、目の前の爆笑を我慢する腹黒ニヤケ面のくぐもった笑い声の方が大きい。
『ちょっと静かにしてください』と震え続ける肩を叩き、石柱の影に入っていることを確認して注意深く石柱に寄りかかりながら入口を伺う。
手首までの短い手袋越しでもキンッと冷たい石柱に、恐る恐る剥き出しの腕部分もくっつける。冷たいと心構えをして触れれば耐えられないこともない。
咄嗟に怒気を抑え潜む雰囲気になったのを察してくれたのか、笑いを引っ込めたベイルードも同じく石柱に潜むようにしてくれたのはありがたいが…特別に巨大でもない石柱に180cmオーバーの男が潜むのはかなり無理がある。
いや、1人ならどうともないが女性と2人となるとかなり際どい。
かの日の壁ドンと同じくらいに密着する羽目になって、庭に入ってきた2人に集中したいのにどうしても背中に感じる温度にも意識が向いてしまいそうになる。
純日本人家系なので家族間のスキンシップ…ハグしたり手を繋いだりなんて一定年齢からはしてないし…残念ながら恋人もいなかったアラフォーの前世。
改めて感じる体温と呼吸音が異性のものだと意識してしまい、動悸が激しくなっていく。
しかし、こんなところで、よりにもよってベイルードに攻略されている場合ではない。ヒロインの恋愛に世界の命運がかかっている事実と石柱の冷たさを命綱に、見届け役の使命を奮い起こす。
背中の素肌が感じる布類の感触と温度よりも、寄りかかる石柱の冷たさに意識を集中しながら目を凝らしていると、
暗闇の入り口から光球が照らす噴水前に、
白いドレスは淡く頼りない光でも反射し輝いている。噴水だけでも幻想的な風景だったが見目麗しい着飾った男女が、一目で恋していると思える空気で見つめ合い語らう光景の、なんと美しく素晴らしいことかっ!!
きっとゲーム中でもこのシーンを見たら、それまでのストーリーを思い返して涙したことだろう。
一般的な乙女ゲームでもそうなのだから、この鬼畜虚無ゲーとまで言われた『悠久の
『見た、知っている、やったはず』とは思い出せても、プレイ当時の感情までは思い出せていないので憶測になるけれど…それはまぁ、この際どうでも良い。
だって、現実に今、わたしは泣きそうに感動しているのだから!!
2学期からの恋愛攻略スタートと言う絶望的な開始時期だったけれど、ここまで頑張って良かった。
確実に第3王子の攻略ルートに乗っているし、このまま順調に行けば………。
順調にいって、攻略が…ゲームが進んで、何か大きな事件が起きるんだ。
でも、その時期はいつだ?一体どんな経緯で事件が起こり、それに対しヒロインと攻略対象はなんで『なんとかしなきゃ!』と思い至る?
普通に考えて、まだ学生。学園が管理するダンジョンにしか出入りを許可されていない登場人物たちが、世界の異変に関わる大事件に立ち向かう理由はなんだ??
必死に記憶の中のゲーム画面を、プレイ中のシーンを思い出そうとするけれど、モヤがかかったようにボヤけたり、雑にヤスリがけされた様にザラザラとして鮮明にならない。
お酒に酔ってるわけでも無いのに頭がくらりと揺れて気分が悪くなってきた。
揺れる感覚と一緒に、思い浮かんだ映像も揺れてぶれて
これ以上ここに居ると2人に気づかれてしまう。
フラつく足を叱咤し、石柱の後ろからそのまま影に入り込むように建物の暗がりへそろそろと下がる。石畳にヒールが当たって音が出ないように注意をしながら歩くのは、今の状態では
歩くことに気を
足元から目線を上げれば、肩を支えるようにベイルードが隣を歩いていた。
支えが必要そうなほど、おぼつかない足取りだったのだろうか…。伺うような目線に気がついて片眉を上げるけれど、その表情の意味は分からなかった。
肩を抱かれ先導されるままに連れてこられたのは休憩室の1つ。
長椅子に座らされると、何も言わずに部屋に備え付けのポットからお茶を淹れて手渡してくれた。
いつになく優しげなその行動に不信感を抱かなくも無いにもれど、正直、今は謎の
噛み締めた後で、また、面倒なことになりそうだけど…。
冷えだけではない指先の震えがカップを持つのを不安定にさせたが、それでも暖かいお茶は大分助けになった。
胃の中にいれた暖かな液体がじんわりとその温もりを広げ、緊張をほぐしてくれている気がする。
半分ほど飲んだところで一息
隣に座っていたベイルードが自然に、流れるようにそれを受け取り目の前のロウテーブルに置く。
それくらい自分で出来るくらいには回復しているつもりだけど、傍目にはまだまだ要介護に見えるのだろうか?
いっそ気味が悪い、と失礼にも思ってしまう優しさのオンパレードに、なんとなく隣に座っているのが怖い。距離を取ろうとお尻を僅かに浮かせた隙をつかれ
視界が一転し、わたしは…覆い被さり見下ろしているベイルード越しに天井を見上げていた。
壁ドンの次は床ドン…つまりは『押し倒し』イベントが発生していた。
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