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学園のクリスマスパーティーはなごやかに過ぎていく。


学期の終わりであり開放感も手伝っての多少のハメ外しや賑やかさはあるが、貴族の生徒が多く在籍しているだけあって全体的にお行儀が良い。

多少のアルコールや場の雰囲気があっても大声ではしゃぎ乱闘騒ぎを起こすこともなく、ダンスにお喋り、食事。それぞれがこの時間を楽しんでいる。


ダンスフロアには色とりどりのドレスや礼装で着飾った生徒らが入れ替わり立ち替わり躍り出る。

1曲ごとにパートナーを変えるモテモテな人もいれば、続けて踊るラブラブなカップルもいる。

片隅では、ダンスの不安な生徒が得意な生徒や教授に特別指導という名のをされている光景も見られる。


立食式の食事ではあるけれどきちんと着席して食べられるスペースもあり、成長期の男子生徒たちが山盛りのお肉を何度もおかわりしてる横で、デザートをテーブル狭しと並べた女子生徒たちのお喋り場なテーブルもある。


長椅子を中心にいくつかある1人がけソファを寄せ集めて、飲み物片手に大人顔負けにくつろぎ語り合っているのは上級生の先輩たちだ。

最上級生にして成人間近の場慣れた雰囲気や貫禄は、下級生たちの憧れの的だ。


わたしとヒロインサラ第3王子エヴァン側近ニコラエス、ダスティンの5人は順番にパートナを変えながら1曲づつダンスフロアに出て踊ると、そのあとはテーブルを確保して食事を楽しんだ。


会話の内容は些細なものばかり。

あの料理が美味しかった、今度はチョコレートのデザートを取りに行こう、ダンスはあの曲が得意、ドレスが似合う、髪飾りが素敵、礼装姿が格好良い、授業のわからないところ、普段仏頂面の教授が照れながらダンスをしている姿、クラスのあの子は意中の先輩を誘えたらしい、あの先輩の恋人がダンスの相手を取っ替え引っ替えするのは気を引きたいからだけど…それはないよね。これは別れるね。


他愛無く続いた会話が一瞬途切れると、それまで笑ってお喋りしていた第3王子エヴァンがキリッとした真剣な顔になって、やけにかしこまりながらヒロインサラをダンスに誘いフロアへ連れ出す。

あまりにも丁寧に、正式に申し込まれたダンスの誘いに顔を赤くしながらも、きらきらを眩しい笑顔で答えたヒロインサラと共に人混みの向こうへと行ってしまう。


囃し立てるように側近ニコラエスが口笛を吹く真似をし、ダスティンは口の端に笑みを浮かべ見送る。


わたしはあくまで貴族令嬢らしくも『あら〜』と言う顔で微笑みながら、心の中では全力のガッツポーズをした。

これは、恋愛イベントの1枚絵スチルイベントの布石に違いないからだ。


『仲良しグループ』での交流はカップルが誕生しやすいが、2人きりのイベントが起こしにくい問題がある。

男女で連れションしにいくわけにもいかず、2人きりになれる不自然でない言い訳は現代日本のグループ交際においても難問だ。

ちなみに、1番無難なのは追加のお菓子や飲み物の買い出し。この言い訳で何度置いてきぼりを食らったか…。


この世界ではダンスの誘いが一般的だ。その後で、少し外の空気を吸いたいとか少し休みたいなどと言って休憩室に連れ出すのだ。


第3王子エヴァンはダンスの後でヒロインサラを庭に誘い出し、このパーティーで解放されている区画のギリギリにある噴水前へ向かうはず。

最初から最後まで、一部始終をデバガメするつもりはないが、第3王子シナリオの進み具合を確認する意味ではチェックしておきたい。

真冬で雪も降ろうかと言う気温だが、建物のそばなら適温魔術の術式範囲内なので、屋外であっても背中丸出しドレスでも大丈夫だろう。

遠目から2人が確認できればそのまま戻るつもりだし。


2人を見送った空気で会話も途切れたので、化粧直し(=お手洗い)を口実に席を立つ。

わたしテーブルを離れた途端、虎視眈々と側近ニコラエスとダスティンを狙っていた女生徒が群がるのが視界の端に見えた。


口実だけでなく、本当にお手洗いに寄ってから噴水近くに向かう。

案の定、噴水の周りには淡く輝く光球が浮遊し幻想的な雰囲気を醸し出すロマンティックな空間になっていた。

2人からは影になり気づかれにくい場所の柱の影に身を潜め、現れるのを待つ。


建物の範囲だし大丈夫だと思っていたけれど、ちょっと冷えるな…でも、少しの辛抱だから平気だよね。


ダンスを終え、手を取り合った2人が現れるのを今か今かとソワソワ待っていると、


「我が婚約者殿はダンスの誘いもさせずに、このよう場所でかくれんぼか?それとも覗きが趣味の変態女か?」


と、不意に耳元に声が響き危うく悲鳴をあげかけ必死に手で抑えそれを飲み込んだ。


まるで後ろから抱きすくめるように唐突に現れたベイルード。

背後の気配も背中感じる体温もそれまでは存在しなかったものだ。

気配を消す術式はあるにはあるが、ここまで完璧に『消し去る』ことはできない。おそらくは、これもまた彼個人が編み出した術式の1つなのだろう。


「次々に他の男の手は取るくせに、正式な婚約者である私の手を取ろうと言う気は全くないと見受けますが…このような場所に何用がおありで?」


背後から聞こえる声は明るくほがらかで、表情もおそらくいつもの胡散臭い外面用の笑顔だろうと想像もできるのに…寒気がするのは外気温のせいだけではない。


「…俺は、挨拶してこいと送り出したのであって…そのままお手手繋いで踊ってこいとは言っていないが?」


声のトーンがやや下がり、外用のですます口調が消えた。


『行っておいで』しか言っていないくせに、そんな意味含むな!!

と、言い返したいが、ここで言い合いをしていると…騒がしいと判断されて第3王子エヴァンがここを選ばずイベントがなくなってしまうかもしれない。


物語の強制力として、別の場所で同じ様なイベントが起こるかもしれないが起こらないかもしれない。そんな不確定なものにこの世界の未来を託すわけにはいかない。

ヒロインサラ第3王子エヴァンには、どうあってもこの場所で恋愛イベントを起こしてもらわなきゃ困るのだ。


「ベイルード殿下、お願いですから…」


『お静かに願います』と告げようと、意を決して振り返り見上げた彼の顔が意外と近く柄にもなくドキドキしてしまう。


くそっ…精神病んでる殺したがりの癖に無駄に顔は良い…さすが攻略対象。

あとなんか良い匂いさせやがって!!

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