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ベイルードの手を離れてからは、残りの半周をあたりを見回しながらぐるっと回って入り口に戻った。


途中途中で、顔見知りの令嬢やその兄やら妹やら弟にも紹介をされ始め、随分とゆっくりの歩みになってしまった。

パーティーの開始前にすでに精神的にヘロヘロの状態でやっとスタート地点に到着すれば、先にベイルードの方がついていたようで何食わぬ顔で横に立ち飲み物を差し出してくる。


外面用のニヤケ面でお疲れ様ですとか労うような言葉をかけてくれるが、なんともまぁ…薄い言葉だ。

オブラード並に薄くすぐに溶けそうな言葉だったが、近くで耳をそばだてていた興味津々の令嬢がたには好評で小さいがよく通る黄色い歓声が聞こえる。


『お優しい〜』なんて、そんな…やめてくれ。吹き出した瞬間に物凄い眼で睨まれるのはわたしなんだから。


差し出された飲み物をとりあえず受け取り、特に喉は乾いていなかったが礼儀として一口飲もうと口元に持っていった瞬間

入り口の大扉から徐々に、大きなざわめきが迫り上がってくるのが聞こえ思わず注目する。


オフホワイトのふわりと広がるシルエットのドレスに金糸のレースと刺繍。アクセントのピンクのコサージュが可愛らしいドレスを着たヒロインサラと、同じく白と金色をメインにした礼服に身を包んだ第3王子エヴァンの登場だ。


純白ではなく抑え目の白にしたのは、この世界でも一応、ウェディングドレスは白だからだ。それなのに、白いドレスは一般的な色味でもある。なので白を着る時はオフホワイトや薄いベージュなどを白とする。

第3王子エヴァンの礼服は純白だったが、控えめにした白の横に純白が来るとくすんでいたり黄ばんでいたりして見栄えが悪くなる。

彼にはこの日のためにヒロインサラとお揃いで礼服を作成してもらった。

たとえ、平民の少女とはいえドレスを着る以上は主役は少女の方だ。王子が譲ったとしてもおかしくない。


そんな、あえて揃えたデザインを身に纏った男女を見れば、どんな仲なのか一目瞭然だ。ましてや。渦中の2人は外野なんぞ目に入らないくらいしている。お互いしか目に入っていないと態度で語っている。


挨拶に行きたかったけど、あの2人に声をかけるのは気が引ける…。

微笑ましく眺めていると、ようやく2人の世界から外に気が向いたのかヒロインサラと視線が合い、笑顔全開で慣れないドレスを着てるとは思えない優雅な歩みでこちらに向かってくる。


さりげなく、持っていた飲み物を回収したベイルードが耳元で『行っておいで』と囁き、そっと背中に添えた手で押し出す。

手袋越しとはいえ、こっちは剥き出しの素肌に急に触れられて一瞬ビクついたのを鼻で笑われた気がした。


2人並んで目の前のヒロインサラ第3王子エヴァンを迎えなかったのは、こちらはまだ正式に発表された婚約者ではないのもあるが、何より相手の方が公式的なペアではないからだ。

学生時代の幻想で一時的に見る夢の存在。平民と王族の組み合わせはそうとしか周りに認識されない。これが覆るのはそう遠くない未来だが、今はまだその時ではない。


…それが、とても悔しくて悲しかった。せめて、ヒロインが貴族なら。王子が王子でなかったなら。


そんな感情をおくびにも出さない訓練はしているので、ヒロインサラ第3王子エヴァンの前では優雅に微笑み遺憾なくドレスを褒める。


ドレスを渡しに行ったのは、出来上がって公爵家に届けられた日と同日。

思っていた通り、帰宅すると届けられていて着替えも惜しんで届けに行った。


第3王子エヴァンのプライドを損なわない程度に経緯を説明し、その上で少し可愛いエピゾードも交えつつフォローをすれば、ヒロインサラはたちまちに顔を綻ばせる。

箱からドレスを引っ張り出し身にあてがい、クルクル回りながら『似合いますか?変じゃないですか?』を繰り返す。

その光景が微笑ましくて、可愛くて目尻が顔面から垂れ下がって戻らないかと思うくらいニッコニコだった自覚がある。


ただ、問題が一つ。当日の着替えだ。

当然だが、ドレスは1人で着れる代物ではない。パーティー用の華やかなヘアセットも重要だ。

ゲームだとその辺のシーンや描写はなく、当日いきなりドレスを着て会場入りのシーンからだった気がする。


聞けば、何も考えていなかった、とあんなに上機嫌に頬を赤くしていたのに、今は青を通り越して白だ。

慌てて、当日の放課後に公爵家から着付けとヘアメイクのできるメイドを2名派遣するから、せいぜい部屋の掃除をしておきなさいと少しツンと澄まして見せる。

ついでに、これを自分からのクリスマスプレゼントにしてしまった。

本当は何かしら渡したかったが、高価なものは恐縮して受け取ってもらえなそうだし、何かを買いに行くにも先日の出来事で当分の間は外出を自主的自粛中だ。


派遣した2名は良い仕事をしてくれたらしい。帰ったらキチンとお礼を言おう。


普段はふわりと波打つストロベリーブロンドを緩く結い上げ、揺れる毛先や後毛がそよぐうなじなまめかしい。

大輪の花の髪飾りは、白い花弁に淡いブルーの真珠が散っているデザインで、まるで朝露に濡れ瑞々しく咲くヒロインサラそのもののような髪飾りだった。


『素敵ですね。似合ってます』と褒めれば、王子まで真っ赤になって『リリーシア嬢に褒めてもらえると安心する』と合格をもらって喜ぶ子供のように照れて笑った。


そこに、いつの間にか入場していた側近ニコラエスとダスティンが合流してきた。

2人とも誰も誘わずに1人参加にしたらしい。


第3王子エヴァン側近ニコラエスもダスティンも…ついでに言えば、ベイルードもそれぞれのテーマカラーの衣装を着ている。

第3王子エヴァンルートを爆進中のヒロインサラは彼と同じカラーリングのドレスだけど、もし他のキャラにしていたら違った色味のドレスだったはずだ。


メイン攻略対象のうち3人の、さらに中心に立つイラストが多い第3王子アヴァンのカラーが1番彼女には似合っている気がする。


3者3様にドレスを褒めてもらい、わたしもヒロインも上機嫌だ。

謙遜しつつも照れつつも、悪い気がしないのはどんな世界でも女子の共通だな。

攻略対象のメインでもある3人のキメ服も眼福ものだった。


おしゃべりしているうちにパーティー開始の挨拶もされ、いよいよイベントの始まりである。

ここが乙女ゲーム『悠久のうた』であると気がついてから、初めてのイベントらしいイベントだ。




この時の私は、普段と同じ顔ぶれなのに、違う雰囲気の服を着て

少しのアルコールと音楽で浮かれてしまい…すっかり失念していた。


このイベントが、恋愛イベントとして重要であると同時に、物語シナリオ上でも重要なイベントであったことを。

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