61


王子王女や高位の貴族も通う学園だが、パーティーの入場は到着順だ。

身分の上下なく、平等な学びを校訓にしている学園ならではだが、たまに、それでも自分を優遇しろ!と居丈高に要求する子供や貴族もいるが学園側がそれに頷いたことはない。


学園の『学びへの平等』は、設立当時の国王が保証し以降も代々の国王がそれを引き継いでいる。


とはいえ、本当の本当に先着順では馬車留めから専用の門、果ては学園の外壁沿いに大渋滞が起こってしまうので、生徒の一部から選出される実行委員会が事前に馬車の使用申請の受付を行い、来場の順番は調整されている。

使用許可証に記されている時間通りでなければ、最後尾に回されるし許可証がなければそもそも馬車用の門すら通れない。


わたしは公爵家の馬車で申請を出していて、それはもう少し遅い時間だった。

しかし、今乗っているこの馬車は王家の紋章に第2王子の所有であることを示す旗章きしょうかかげられており、問題もなく門を潜った。つまり、ベイルードはベイルードで申請をしていたと言うことになる。


この時間帯に通れ、と指示がされた許可証のルールは、遅れたら最後尾。

身支度が終わったあと、軽食とお茶で少しお腹を満たすつもりで早めに支度に取り掛かっていて良かった。


これが『来ちゃった』や『サプラ〜イズ!!』や『その日の気分で出かけよう』を世の女性が嫌がる理由か…!!


残念ながら、前世で男性と付き合った経験がないのでそれらにいきどおる女性の意見は雑誌記事や電子コラム、SNSでの呟き程度にしか知らなかった。

しかし、なるほど。確かにこれは大変に迷惑だ。

何も連絡を寄越さなかったくせに、自分に合わせて当然だというその根性。王子殿下を待たせてはいけない!と慌ててしまったが…今更ながらもっと待たせて仕舞えば良かった。

わたしの当初のスケジュール通りの時間まで焦らしてイライラさせてやれば…あとが怖いな。


結局『後が怖い』…そこに落ちるのだ。


この死に戻りループで病んでしまった、最強の魔法使いにとなった王子さま。

その権力と豊富な魔力と技術知識の無双で、いかな公爵令嬢といえ証拠もなく消せるだろう。

疑われはするだろうが、罰することはできず。黒い噂として付き纏うだろうが歯牙にもかけずに生きていくだろう。


そんな男が婚約者、そしてそのままの関係を続行するなら…夫?旦那??伴侶???

一生、ビクつきながら生きていかなければならないの??精神的DVとして訴えたら離婚できるかな?臣下に下った王族と離婚か…無理そうだな。

どこかに別邸を買って別居が妥当だ。


そもそも!!学園在学中に起こるはずのヒロインサラと攻略対象…第3王子エヴァンとの恋愛を経て世界を平和にしなければ、結婚は墓場を実体験することも、お小遣いで別邸を買うことも夢物語で終わってしまう。



学園にある1番大きな講堂を、巨大な魔術式に複数人が魔力を送ることでさらに拡張させ華やかに飾り付けられたパーティー会場は、実はまるっきり王宮の広間そっくりに作られている。


貴族の生徒は卒業と同時に社交界にデビューすることになるので、その予行練習として内装はあえてそっくりにされている。

出されるドリンクも微発泡性の低アルコール飲料だ。

未成年にアルコールは…とも思うが、社交界デビュー時にはとにかくお祝いと称してアルコールを勧めてきて酔っ払った醜態しゅうたいを晒させようとする嫌な大人や、うら若い乙女に狼藉を働こうとするやからがでる。

それらのイタズラや悪事は、見えない場所で行われタイミングよく助けられる保証もないので自衛のための予行演習だ。

パーティーの空気に飲まれず、アルコールにある程度慣れ、嫌味なく断る処世術を学ぶため。


お茶会や昼間のダンスパーティーには出席したことはあっても、夜のそれはまた違った雰囲気になる。どことなく気後れしてそわそわと落ち着かないのは1年生。そんな1年生にお兄さんお姉さんぶって夜会の過ごし方をレクチャーしてるのは最上級生の3年生。2年生はまだまだ自分の置き場所を確保するのに必死で、誰かに手を貸す余裕がある生徒は少ない。


そう会場内を分析しながら、ヒロインと王子を探す。1年生で最優秀な生徒のグループに平民の奨学金でありながら入っている彼女が、王子のエスコートで入場したなら会場にいて話題の中心にならないはずがない。

たとえその後に公爵令嬢と第2王子という、正式発表前ですでに話題になっているロイヤルカップルが入場しようとも。


腕を組み入場の知らせを受けて適当に数人と挨拶をかわし会場内を駆け足で半周ほどしたくらいで、ベイルードとは別行動だ。

どうせまだ開始の時間ではないし、正式なダンスパーティーではないのでダンスの順番も仔細には決まっていない。

一応、最初のダンスはエスコート相手、となっているがそれすらも絶対ではない。


だから、不思議なのだ。


思い出した『悠久のうた』での王子ルートのこのイベントは、ライトアップされ幻想的な光の粒の漂う噴水前でヒロインと王子のダンスシーンだった。


だが、王子のエスコートで参加している以上、ヒロインは王子と少なくとも1度は踊る。これはマナーでありルールだ。


もしこれが一般的な乙女ゲームやTL小説、少女漫画なら話は簡単だ。

義務として参加したが場違いな空気に飲まれ所在を無くしたヒロインが、噴水前で休憩中にヒーローが登場し探していたとか言ってさりげなく隣に座る。

悩みを聞いたり『君の隣は安らぐ』とか言って微笑みつつ、こっそり2人きりを楽しむのだ。そして、微かに聞こえる会場の音楽を頼りにダンスのステップを踏む。よくある定番のシーンだ。


しかし、この世界の社交界でのルールは『同伴相手絶対主義』と言えるくらいに相手を大事にする。

夫婦、恋人、婚約者…関係はともかく、手をとって入場した相手への尊重が天元突破している。

『相手がいる』を理由にダンスのお誘いは断っても良く、同伴者はお互いを独占しあえる関係だというのがこの世界の社交界の常識だった。

断らせるからと独占欲が強くみっともない、とも言われないし、気軽に受けるからと尻軽とも言われない。


果たしてどういった経緯で噴水まで2人が隠れるように向かうのか?

まだ開始の挨拶はされていないが何時くらいにイベントが起こるのか?


最低限、場所の把握だけでもできているのが幸いだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る