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クリスマスパーティーまでには消えると思っていた鬱血痕(絶対にキスマークとは思いたくない)と噛み跡は、消えてくれませんでした。


そろそろ消えないか?いつ消えてくれるんだ?と毎日確認したが、一向に薄くもならない鬱血痕。噛み跡も傷自体は治ったが、歯形が全然消えない!!


なんでたよぉ〜!?と鏡を見ながら、気休めに化粧水とか美容薬とか普通にキズ薬とか塗ってみたけど効果なし。


侍女曰く、もしかしたら魔力を込められているのではないか?と言われ、咄嗟に『込めるどころか吸われたけど!?』と言ってしまい墓穴を掘った。


真っ赤になってドレッサーに突っ伏するお嬢さまを直視せず、おほん、とわざとらしい咳を一つして

『魔力の込められた攻撃はまずその魔力を中和なり上書きなりをしなければなりません』『お嬢さまほどの魔力量でも、今日までに中和しきれていないと言うことは…かなり、その…お強い方だった…いえ、はい。つまりはそう言う事です』と、最後はやや逃げるように濁しに濁して終わった。


そこまでハッキリ分かってるなら、いっそ正面切って言ってしまって欲しい。

そうですよ。自称…と思っていたけど、割と本気で『当代随一、世界一』で最強なのだろう人物が魔力込めて作った『痕』は、容易く中和も上書きもできないでしょうよ!!


終業式も終わりパーティーの準備に一度帰宅し、徹底的に磨かれヘアメイクのセットだが、顔だけでなく首とデコルテにもベースメイクを施していく。ここ最近は毎日、このルーチンだ。

今日の今日まで消えてくれなかった鬱血痕と歯形を念入りに隠し、あの日…ベイルードが乱入無双してデザインを大幅に変更したドレスに袖を通す。


若い女の子に主流のオフショルダーや肩紐タイプの肩や背中、デコルテが露出したデザインだったものを、そこを全て黒いレースで覆われることになってしまったドレスだ。


ふわりと広がるスカートもどんどん、どんどんしぼまされ…マーメイドラインまで行くのかと思いきや、それはそれで体のラインが丸見えになってお気に召さないのか、超!!鋭角なAラインスカートに着地した。

この際、色味は良いとしても…首まで覆うハイネックタイプは大人っぽくて格好良いデザインではあるが10代の少女が着るには渋すぎるシルエットになってしまった。


濃い紫〜赤のグラデーションや宝石や煌めく糸の刺繍が入るので、決して地味にはならないだろう。むしろ、中身のアラフォー的には改良されたドレスも嫌いではない。

だから、仕方なく着てやろうと思っていたけれど…


「これは、ギリOK?ダメそう??」


ドレス姿を鏡で確認するが、どうしても首元が気になって仕方ない。

メイクで隠しているとはいえ、それはぬったくったベース系コスメの力だ。細かい模様のレースとはいえ、チラチラと肌の色は見えてるし、擦れてメイクが落ちないとも限らない。


何より、布面積が増えればその分汗もかきやすい。学園敷地内は適温に保たれているが、ほぼ学園中に生徒や教授が集まって踊り、喋り、食事をすれば体温も体感温度も上昇する。


万が一、億が一。落ちたメイクの下がバレてしまったら…。

いっそ、このドレスではなく手持ちの襟のあるドレスに変更しようとも思ったけれど、乱入無双してまでデザインにケチつけてきたのじゃないものを着ているのを見られたら、また何を言われるか分からない!!


頭を抱えてウンウン唸り出してしまったわたしを、その悩みがわかるメイドや侍女たちが必死にどうするか対策を出してくれるが決定的な解決策もなく…運を天に、女神に任せるしかない、と結論になりそうだったその時。


控えめにノックされる扉に、返事をしてわたしの前に衝立パーテーションが開かれるのを確認してからメイドの1人が応対に出る。

『お嬢さまはまだお支度中ですよ』ときちんと注意をすることを忘れないのはメイドの鑑だ。


ドアの向こうの従僕は、少し慌てながら『その…ベイルード殿下が、お迎えにお見えで…』と伝えてくる。

それに驚いたのはこの部屋の全員だったが、声を上げたのはわたしだけだった。


「迎えだなんて、そんなの聞いてないわよ!?」


ちょっとお嬢さま言葉っぽくなかったけれど、それだけ動揺してるってことで見逃してほしい。


『それで…その、こちら贈り物を預かっています』と言われて、メイドが受け取ったのはかなり大きめの四角い箱。


きちんと扉が閉められたのを見届けてから、衝立パーテーションを閉じ、テーブルに置かれたそれを見る。真っ白な光沢のある外箱に、赤紫のリボン。

なんだろうな、最近…と言うか…さっき見たばかりの箱と同じサイズだし、リボンに押されている紋章シンボルマークも似ている気がする。


それもその筈、中身はドレスだった。


色味こそ同じ濃い紫と赤を基調にしているし、シルエットも鋭角Aラインのスカート。刺繍も宝石の粒の位置もほぼ同じ。

唯一違うのは、素材がこちらは厚手でしっかりと重みのあるものであることと、きっちりと首元が覆われていると言うこと。


豪華なカッティングレースが縫いとめられた詰襟風で、横を向いても俯いても隙間があいて素肌が見えることはない。

鎖骨の真ん中あたりから胸の谷間に向けて縦長の楕円状の穴が開いており、それによって窮屈だったりお硬すぎる印象がいくらか薄れる。


何より、その楕円の位置も大きさも見事に鬱血痕も歯形も避けた位置にあった。


前面はそんな…少し上品にずぎる印象だが、背中はこれでもか!と言うほど開いている。背中全面と言っても良いほどだ。

この世界には多種多様なデザインのドレスがあり、TPOのマナーを守るなら割とドレスは自由だ。それなので、ヌーブラ的なバスト部分のみの下着もある。

だが、この背中の空き具合では胴回りの補正をしてくれるコルセットなどが着られない。

幸にして、この2次元を体現している世界なので、登場人物である私は補正下着なしでも見苦しくはならない。持つべきものは2次元世界と美形でスタイルも良い両親の遺伝子である。


半袖パフスリーブの可愛らしさと胸元の楕円が、正面から見た時のお堅いイメージを緩和し、背中を見れば大胆に晒された素肌。


なんだろうな…この『そうか背中フェチか〜』と、視線が生ぬるくなってしまうこの感じ。


贈り主の趣味丸出しではあるが、現状でこの首周りとデコルテの完全防御さは助かるのが事実。

一応の肩書きでは『婚約』が続行中の人物が贈ってくれたドレスで、その相手が今、階下にて迎えにきていて…さらにいえば、本日のエスコート相手。

物に罪は無いし、と腹を括りこのドレスを着ていくことに決め、最後の仕上げをメイドに頼む。


予定の出発時間よりは早いが、それでも迎えにきたと知らされてからはだいぶ待たせることになってしまった。


何しろ、最後のチェック中に気がついてしまったからだ。

あの、突然の吸い付きと噛み付きのセクハラ行為は自分が望んだドレスを着せたかったが故じゃ無いのか?と。


洋品店で途中乱入して、あれだけベイルード無双をしておいて…それでも納得できなかった!?

趣味丸出しなドレスじゃなくて気に入らなかったから、そうせざるを得ない様にあんな恥ずかしい目に遭わされたの!?


階段の途中で止まってしまい、今にも頭を抱えてのたうち回りそうなお嬢さまをなんとか宥めすかし応接間に押し込み、ようやくメイドたちの『本日の最大ミッション』が終了した。


おそらく、お嬢さまにつけられたキスマークが所有や独占欲の証だけでなく、これも理由なんだろうな〜なんて、メイドも侍女もあのドレスのデザインを見た瞬間に気付いている。何せ、女としての年季が違うのだ。


途端に意識してギクシャクと故障寸前の自動人形オートマタのように、殿下に挨拶をして馬車に乗り込む時にも一悶着あった。


車輪の音以外のお嬢さまの悲鳴が聞こえた気がするが…兎にも角にも出発した馬車を見て

『娘を嫁に出したくない公爵閣下には悪いが、領地経営の仕事をもう少し楽にしたいとこぼす公爵夫人のためにも!お嬢さまにはなんとしても、参謀として優秀なベイルード殿下をお婿に貰って欲しい』と、家人一同は思ってたりなかったり。

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