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朝の身支度でメイドや侍女たちの生ぬるい目は…正直、居た堪れなかった…。


鬱血痕(絶対にキスマークとは呼びたくない)は顔面に施すよりも念入りなメイクでどうにか隠せたが、噛み跡だけはそうはできなかった。

薄皮が剥けていたり、普通に出血するぐらいの『傷』になっていたからだ。


些細なものではあるが、そこはそれ。中身がアラフィフであろうとも外側は悪役系美少女で公爵令嬢の立場である。傷口に化粧品類などを付着させ、万が一にも悪化したり痕が残っては一大事!!と、言うことで

仕方なく傷の部分には大きめのバンドエイドのような、薬の塗布された布切れを貼り付け包帯を巻かれた。


首にこんなグルグルに包帯を巻くなんて…邪気眼かよ。


オタク趣味はあれど、厨二病や邪気眼と言われる『拗らせ』は経験してこなかったので、まさか貴族令嬢になってそんな風な格好をすることになるとは。


ちなみに、治癒系の魔法などで回復させないのは、それが対象者の体力や生命力を消費して自己治癒力を上昇・強化させて行われるものだからだ。

もう一つ、術者が犠牲になり肩代わりする方法もあるが…禁術とまではいかないが、忌避はされている。

よほどの切羽詰まった状況下、夫婦や家族、恋人間でもない限り使用されない。


体力を消耗し、ダルいようなら休ませてはくれるだろうが…実は先手を撃たれて公爵から治癒術による治療は構わないが休むことを禁じられてしまった。

どうやら、相当にお怒りらしい。


わたし自身に覚えはないが昨日の出来事で…




突然の事に混乱していたとはいえ、アレだけちゅうちゅう蚊のように吸われ噛みつかれれば跡にも残るのは明白だ。

そこに頭も回らないほど混乱していたらしく…とにかく襟を直せば、リボンを直せば大丈夫と思い込んだのが失敗だった。


馬車に戻って、向かい合わせに座った従僕がお嬢さまの様子のおかしさと首元に残る赤い小さな花弁のような跡、明らかに人のもでのある歯形を見れば…何事かがあったと分かるだろう。

何より、彼はわたしよりももっと上の年齢の大人の男性だ。

そして、お嬢さまに何事かあれば雇い主にして父親である公爵に報告しないわけにはいかない。


これ以上の羞恥心は命を削る、と判断したわたしは馬車が帰り着くなり一目散で走った。

あとで怒られても構わないし、お嬢さま教育のやり直しを言われても構わない。とにかく、首元を隠して自室へ走って。


側から見れば、自分で自分の首を締めながら顔を真っ赤にして走る姿は滑稽だろう。それでも、この首の下とそれができる行為の事情を知られるよりはマシだった。


そして、誰にも破られない絶対の盾の中に引きこもり、ベイルードへの怒りの罵詈雑言と羞恥を在らん限りに叫びまくって一夜を明かしたのだ。

実はその最中に報告を受けた公爵が怒り心頭に部屋を訪れていたことには気が付かなかった…結果、無視を決め込んだ娘に対し今も怒っている、と。


公爵の怒りは凄まじく、小説さながらの厚みとなった苦情の手紙束をベイルードに送ったらしい。

『うちの娘になししてくれとんじゃ!?ここに謝罪に来いやっ!!!』と言った、舅としても王子相手に不敬無礼すぎる内容に、慌てて執事が出したヘルプコールの先は郊外の公爵家本邸で就寝直前だった公爵夫人


事情を手紙で知らされた公爵夫人は、呆れながら夫に向けて『思春期で年頃の娘に、で口うるさいと嫌われますよ。乱れすぎはよくないが、相手が婚約者な以上はある程度は多めに見るべき。深夜の帰宅や朝帰りでもないのに。顔も合わせれれないと恥ずかしがる年頃の娘をもっとおもんぱかりなさいな。父親としてそう取り乱しては頼りなく見えますよ』などなど…おそらくは、自身の経験談も踏まえてのアドバイスをしたのだろう。


結果…特に詮索もしないし治癒術も使って良いけど、学園は休むな。に、落ち着いたわけだ。


落ち着いたわけだけれど、気になるものは気になるらしく…朝食の席では首の包帯をめちゃくちゃ見ていた。

いっそ聞いてくれ、とも思うけれど…聞かれても答えられないからやっぱ辞めてと心の中も二転三転して、朝食は食べた気がしないかった。


学園に到着すれば、方々から首の心配をされ…その中で、ダスティン1人だけが気まずそうに目を合わせないようにしていたが、その顔を見て唖然としてしまった。


擦り傷や切り傷、口の端のケガ…頬のあたりなど殴られたような痕があり、自分の首の包帯なんて気にもならないくらいに顔中怪我だらけだ。


わたしの様子に気がついた王子エヴァンが、苦笑しながら


『昨夜、1人でダンジョンに忍び込んだらしい。なんでも、実技の成績に納得がいかなかったらしくて…致命傷になる前に退いたらしいけれど。自戒としてケガは徐々に治して行くらしいよ』


と、説明してくれた。


『何より、治癒術のあとは寝込みますからね。クリスマスパーティーで浮かれつつあるこの時期に、護衛がいないのは少々不安ですよ』


と、付け加えたのは側近ニコラエス


クリスマスパーティーと聞いて、王子エヴァンヒロインサラがピクリと肩を揺らし明らかに何かあるよ〜と反応で示してしまった訳だけど、そこは貴族のマナーである『気づかないふり』で見逃してあげる。

その代わり、王子は側近にヒロインはわたしに。あとから、ポーカーフェイスやお貴族マナーのおさらいが決定した。


公爵令嬢の首に包帯?おケガをされたの!?ダスティンさまも…お顔が!!

なんて、少し騒ぎになりながらも恙なく授業は終わる。


もうテストも終わって終業式並びにクリスマスパーティーに向けて準びに忙しいのでそんなに大した授業内容にはならない。

冬休みの宿題の説明や、自習にするから好きにしろ、が多かった。


貴族は、控えている学園のクリスマスパーティーはもちろん、その後は各家でのパーティーもあるだろう。その際の家族や恋人、友人へ向けてのプレゼントの準びやドレスの用意。

そして、31日から王城で開かれるパーティーと年明けからの3日間にわたる新年顔合わせの準備に忙しい時期だ。

王城の年越しは12歳のお茶会を終えた子供なら参加できるが、招待された貴族のみがそもそも出席できる限られた場だ。


新年の顔合わせは、それとは別に貴族なら誰でも参加できる。時間によって、王族の誰がいるかは変わるが…国王の出る時間は決められていて、皆その時間を狙っているのだ。


平民の生徒もこの時期は忙しい。

貴族も参加するしっかりとしたダンスパーティーなんて初めての人間が多い。

恥ずかしくない程度にドレスを用意し、ダンスを必死におさらいし、パートナーを探す。

別にペア参加が必須ではないが、せっかくなのだから男女ペアになりたいし、その相手は憧れのあの人が…と誰もが望むのでこの時期はフワッフワな空気が至る場所で漂っている。


商家の生徒は終業後そく、家の手伝いだ。豪商の子供が多いので店先に出て接客はしないが、代わりに年末の挨拶回りと新年の挨拶回りの同伴は必須。手土産の準備や年末と新年どちらに、どの順番に回るかのリスト作り。

訪ねて行って留守では意味がないので、同じ商家の生徒同士で時間調整をしてリストを作る。

学園に通う子供がいる家は、こうして事前に子供を通じて計画が把握できるのが強みだ。だからこそ、商家の人間は多少の無理はしてもこの学園に子供を通わせたがるのだ。


そして、これらは豪農の家の子供も同じ。

本当に暇なのは学者の家か奨学金で通うの生徒くらいなものだ。


学園内のほぼ全ての生徒が浮き足立てば、それと統制する教授たちも忙しくなる。

バタバタとした雰囲気の中が1番危険だ。いつも以上に護衛の存在は欠かせない。

それはダスティンも分かっているだろうに…それに彼は死に戻りループしてるので、精神年齢は加算されて10代の少年ではない。学園の成績ごときで顔にケガを追うような深さまでダンジョンを潜るだろうか??


問うような視線に気がついているだろうに、それでも目を合わせないのは…正直に言いたくない。言う理由がない。

つまりは、わたしやこの王子グループとは別の問題。

ベイルード絡みと言うことだ。


むしろ、ボコボコにされるべきはベイルードだと思うが、なぜ、ダスティンがボコボコになっているのか…。

まぁ、聞くなと言うなら聞かないよ。基本的に、わたしはあなた達2人には関わりたくないんだから。



授業終わりのヒロインの寮では、王子エヴァンヒロインサラに対し改めて貴族マナーのおさらいがビシバシされた。

教授がわりはわたしと側近。


その間にこっそりと、ヒロインサラには『明日は予定があるから放課後は会えない』と言うように伝えておく。

不思議そうにしながらも、皆の帰りがけにそのままに言うので、表向きは、明日の放課後はここには誰もこない。


理由は当然、出来上がったドレスを渡すためだ。

一度、家に取りに帰る頃には完成品が届けられているはず!!


そう言えば…少し、ベイルードの出現を警戒していたけど影も形も出なかったな。

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