幕間 護衛騎士 ダスティン2


夏の暑さも過ぎ去り、涼しくなりはじめの頃。

最近の放課後は、第3王子エヴァン側近ニコラエスに付き合って平民の生徒が暮らす寮に入り浸っている。




『女神の託宣』により、平民出身のとある女生徒へ援助を始めていた公爵令嬢リリーシア嬢は、新学期からはやたらとエヴァンやニコラエスに接触するようになった。


最初こそ、初恋にして憧れの少女であるリリーシア嬢と親しくなれると浮かれていた2人だったが

それとなく別の女生徒を進められていると察し激しく落ち込んでいた。


戸惑っていたのは女生徒も同じで、なぜ自分が王子とその側近に引き合わされるのか分かっていない状態だった。


だが、若さからくる柔軟性か…それとも、女神が庇護を託したくなるほどの『何か』がこの女生徒にあるからだろうか?

俺には理解できない魅力的な『何か』により、今ではすっかりエヴァンはこの女生徒に夢中だ。


リリーシア嬢が居なくとも声をかけ、昼食に誘い、放課後は当然の様に彼女の元を訪れ、やれダンジョン攻略だの、やれ宿題だのを共にして過ごす。


エヴァンには第3王子として、唯一の成人した王子であるのに役にも立たない第1王子オリゲルドの代わりに仕事が割り振られていた。

忙しない日々の中…それでも、隙間時間を見つけては日参していた。


将来有望な人材として、目をかけているだけではない…一目瞭然なその態度。

若いうちの火遊びで済むなら良いが、こうもあからさまに行動しては、いずれ王子妃選定の際にネチネチと突かれることだろう。


しかし、ベイルード殿下と俺だけが知っている事が1つある。

リリーシア嬢に女神が託した言葉により、かの女生徒…サラ・テイトは護られていると言うこと。


とてもではないが、今目の前でくり広がられている

恋に舞い上がっている少年に熱っぽく見つめられている、ただの少女がそうとは思えないし

そんな光景を満足そうに対面から眺めている少女もまた、そうとは思えないが…。


この2人は、女神が後事をたくした少女とその庇護対象の少女だ。



『本来のループでは存在し得なかった2人の存在』に危機感を覚えている殿下は、リリーシア嬢との婚約を受け、身近で監視するほどの警戒をしている。

しかし、俺はそれほどの危険視はしていない。


『本来は』『今までは』と、殿下は何度も繰り返した人生こそが正当であり、そこから外れた現象を危険視し警戒している。

特に、今回は出だしから相違点がいくつもあり、常に気が立っている状態だ。


俺は、表立って否定はしないが…そうは思っていない。


むしろ、殿下の繰り返された人生こそが女神の采配から外れた道筋で、

それを修正するための使命をサラに課し、守護としてリリーシア嬢を遣わしたのだと考えている。


殿下に話せば鼻で笑われそうな考えではあるのは自覚している。


これは『待っていれば誰かが何かしてくれる』と他力精神が根付いている平民の思考だ。

『自らが働きかけてこそ正しい結果になる』と考えている殿下のそれは、支配する側の思考だ。


だがら、殿下は失念しているのだ。

この国の、この世界の支配者は王族でもなく誰でもなく…『女神』なのだ。


何度繰り返しても正しき未来に進まぬ世界に、今、女神が『働きかけて』いる。

俺はそう考えている。


殿下自身も超常の力によって繰り返していることは気が付いているのに、頑なに『間違えているから繰り返している』とは考えないようにしている様に見える。

それは、殿下自身が繰り返す人生の中で出会った人物や成した功績を『間違い』だったと思いたくないのからかもしれない。


想像はできても理解はできない感覚だった。今までは。


この小っ恥ずかしい少年少女の恋愛劇を眺めながらも、どこか穏やかで暖かい気持ちを自覚した時、初めて『これが正解であれば』と考えた。

この、ぬるま湯のような心地よさを…違えたから、と消え去る世界ではあって欲しくないと思った。


今も、思い願っている。


夜の女神と称される少女が、幸福そうに微笑んでいる『今』が間違いで消えてしまわぬよう。

今度こそ女神の正解であれ、と。

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