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一通り、伝えるべきことは終わったからか

口を開く気の無くなったベイルードはゲン◯ウポーズを崩し、ソファの低い背もたれにるように背中と腕を預け、大きく息を吐いた。


ため息のような、深呼吸のような…吐き出された空気と一緒に、揺らぎ溢れていた魔力が霧散し部屋の息苦しさも消える。


対面に座るわたしからは、仰け反った顔の顎先しか見えず

まるで山賊のボスのような…蛮族の座り方は、とても王子さまには見えない。


いくらなんでも失礼すぎやしないか?

と言うか、話終わったんなら帰って良いだろうか?


王子さまが大変に憤りを感じてらっしゃるのは十二分に伝わったし、もう開放して欲しい。

本当に何も喋らないし、身じろぎももし無い。もしかして寝てる?

そ〜っと横目に伺えば、相変わらずの踏ん反り返り具合だ。


「あのぅ、もう帰ってもよろしいでしょうか?」


おずおずとした提案は、無言で振り上げられた足がロウテーブルに叩きつけるように投げ出される音で返事をされた。


これは、多分…『黙れ』と『却下』だ。

解放し帰宅することを許さず、さりとて謝罪とか言い訳とか改善案とかの余地も許さない…と。


そろり、と制服の袖の下にある各種防御術式を施された腕輪を撫でる。

指先にほんのりと感じる魔力に、いつでも展開は可能だと安心感を覚えた。

そのほかの魔道具…首や耳、髪に着けている飾りも、触れはしないがちゃんと使えるかを確認し…そっと深呼吸をして立ち上がった。


「門限も迫っておりますので、おいとまさせていただきます」


「此度の件について、ベイルード殿下の風聞に影響を及ぼしてしまいましたこと…誠にお詫び申し上げます。ですが、これは全て託宣にあった彼女を支援するためのことで、わたしに何かしらの思惑があってのことではございません。そして、婚約についてですが…」


怖いので見ないようにしながら、言い逃げして出ていこう。

何か攻撃されても、心配性の公爵に持たされた魔道具と自分のありったけの魔力で対抗すれば…多少の時間は稼げるはず。


公爵のことだ…アクセサリーの術式が発動するか破壊されるほどの攻撃を受けたら『知らせ』が行くような細工くらいしいるだろう。

でなければ、2度目の襲撃の後に渡されたアクセサリーの意味がわからない。


2度にわたって襲撃を防げなかったものと同じものを同じ数だけ渡しても、役に立たなかったことの2番、3番煎じだ。

より強力にするか、何かしらの小細工をしてあるはず。


知らずうちに、震える手が胸元のネックレスのトップを制服ごと握っていた。

震える手が命綱に縋るように、鎖の切れてしまうギリギリまで強く強く握り込む。


婚約破棄についての話を出した瞬間、投げ出されていたベイルードの足が再びロウテーブルに叩きつけられる。

今度は加減も何もなく、強化魔術まで使って真っ二つに破壊されたテーブル。

真向かいで、わたしが座っていた1人がけソファも余波で吹き飛び、もう2度と用はさないだろう。


「婚約の破棄はしない」


ゆっくりと緩慢に立ち上がったベイルードが、踏みしめるように噛み締めるように1歩1歩近付いてくる。


「お前から何者かの力の片鱗を発見した」


近づかれる度に、ジリっと足が下がっていき、気がつけば扉の前まで追い詰められてしまう。

当然、目の前に人が立っても自動では開かない。

閉じたままの扉は壁と変わりなく行手を…下がる先を阻む。


「初めは、令嬢のお父上への信頼ゆえに夢の中での抵抗が強まったのかと思ったが…それだけではなかった。あれは…何者でもなく、しかし、誰かしらの『力』による抵抗。そして、拒絶。許さないと言う意思…」


独り言…なのか、わたしへの確認なのかよく分からないことを言いながら、退路を断たれ追い詰められたわたしの眼前にまでベイルードは迫り…ついには『壁ドン』の体勢になってしまった!!


憧れつつも照れくさい…でもいつかは経験したいと密かに願った『壁ドン』。


まさか、ハジメテの壁ドンをこんな凶悪なニヤケ面男にされるなんて…!!

しかも、いきなり両腕で閉じ込めるバージョン。

恐怖で呼吸も乱れる中…よくよく思い起こせば、初めて押し倒されたのもベイルードだったことを思い出す。夢の中だったけれど。


なぜ、乙女の憧れシチュエーションの数々を、この男に奪われなければならんのだ!?


抵抗の意思として、突き飛ばすか何かをするべきなのだろう。


しかし、両手で握りしめているペンダントトップから今は手を外せない。

心の命綱を手離したら、そのまま意識は真っ逆さまだ。


「女神の託宣を受けし少女よ…貴様は何者だ」


目の前にいるのは、確かに年若い青年ベイルードのはずだ。

それなのに、枯れ果てたような…人の範疇から外れてしまったような…ことわりを飛び越えてしまったような

そんなに声をかけられたような気分になる声だった。


何百と人生を死に戻り、トータルで何歳なのか考えも及ばない…それだけの人生の中、人としての精神も超越してしまい

もう、人間とも言えない存在に成り果ててしまったのかもしれない。


このまま、このループも失敗に終わり…また戻るなら、いずれはダスティンもこのような人外めいた精神になってしまうのだろうか?


それは、なんて…哀れで可哀想なのだろう。


わたしのされた事は別として。かつて『クソゲー』『鬼畜ゲー』とバカにし笑いながらも楽しんだはずのゲームキャラが…それなりに愛していたはずのキャラが壊れていく。

それを悲しみ、嘆き、哀れに思わないわけがなかった。可哀想で仕方なかった。


じんわりと目頭が熱くなり、涙が溢れそうになる。


「…今は、何も言えません。時がくれば、自ずと分かります」


それは、わたしが何者なのか?の答えではなく『ヒロインサラを助けろ』と、下された託宣の意味であるけれど。

彼女の存在が、この世界の…ひいては何度も滅亡する国と、死に戻る彼らの救いになるはずなのだ。




『わたしは前世のことは決して誰にも言わない!!墓まで持っていく』と、この世界の令嬢リリーシアとして生きていく時に誓ったのだ。


でなくば、現代日本人の感性で『お嬢さまごっこ』は小っ恥ずかしくて…正気に戻ると死にたくなる。

いい歳した大人が少女のフリするのも恥ずかしければ、『お嬢さま仕草』と称した『ごっこ遊び』も…誰にも知られたくない事実だ。


わたしが何者なのか分からなくとも関係ない。

『ヒロインの重要性』はいずれ嫌でも証明される。


クリスマスパーティーの件から分かるように、ヒロインは王子のルートに入ったのだ。

英雄の生まれ変わりは伴侶を選び、その愛で世界を守るシナリオになっているのだ…多分。

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