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残念ながら、馬車が着いたのは王城内にある第2王子離宮だった。
いつぞやにも連れてこられた、森の中に隠されるように建てられた…およそ王子の住まう離宮とは思えない、こじんまりとした屋敷。
尋ねるのは2回目…と、ここまで考えて、どちらも拉致られて連れてこられた場所であって『尋ねて』来てはいなかった…と改める。
こちらを微塵も気遣わないで引っ張るので、転げ落ちそうになりながら馬車から下ろされ、まるで連行される囚人のように屋敷へと引き摺り込まれる。
無言のまま連れてこまれたのは以前も入った応接間のような部屋だ。
ソファセットの1人がけに放り投げられるように座らされ、目の間にベイルードが座る。
ただ、対面に座って対談する形になっているだけなのに…発せられる威圧感から圧迫面接か尋問される捕虜の気分にしかなれない。
前屈みに膝の上に肘を突き、組み合わせた両手の上に顎を乗せ、こちらを睨め付けるように伺う…
いわゆるゲン◯ウポーズを彷彿とされて、普段のわたしなら危うく吹き出しそうになるか脳内でツッコミでも入れそうだけれど…。
絶賛トラウマを思い出している最中にそんな胆力はない。
そうではなくとも、意味もわからず怒りを向けられるのは多大にストレスだ。
これ見よがしに吐き出すため息などは胃痛まで呼び起こす。
どうやら呼び出されているトラウマ的なものは、殺されると感じたあの日の恐怖だけではないようで
前世で死ぬまで縛られ続けた環境…
とにかく、ベイルードの怒りが何に由来するか分からない以上、ヘタに謝るのも言い訳を並べるのも良くない。
先手を取るか、せめて対等に話し合えないのは不利すぎる彼ど…まずは黙って相手の言い分を聞いたほうが得策。
これは決して逃げじゃない!妥当な判断だ。逃げじゃない!!
とはいえ、相手を視界に入れて待機するにも怖いほどのオーラ…と言う名の魔力の揺らぎが発生しているほど怒りを湛えた人物だ。
少し目線を下げてなるべく視界に入れないように心がける。
「……リリーシア嬢は、よほど俺を間抜けな王子にしたいようだな」
地を這うような低い声で吐き出されたセリフは、ですます口調どころか一人称も普段とは違う…本当にブチ切れているような豹変ぶりだった。
と、言うか…まだ怒りに上限があった!?突破してから気が付く天井って嫌すぎる。
「と…言いますと…一体、なんのことでしょう?」
避けられていたのを良いことに放置はしていたが、陥れたりはしていないし馬鹿にもしていない。
一体、その誤解はどこから来たのか…何者かから吹き込まれたのか??
この質問に、盛大な舌打ちが返される。人体から発せられる音量ではない。
社畜時代の理不尽上司だって、こんな大音量の舌打ちはできなかった。
…代わりにゴミ箱蹴り飛ばしてたけど。
いや、でも本当に心当たりないんだって。
あなたの脳内では完結して答えが出て『お前が悪い』ってなってるかもしれませんが、こっちには通じてないんです…それって。
きちんと言語化してから『お前が悪い』って言い出してください。
「…学園内で一度として『婚約者』と共にいる場を見せてもいないのに、やたらと第3王子と親し、今日には、ついに2人きりで楽しく談笑していたらしいな…極め付けが、その!どこかの誰かを彷彿とさせるような意匠のドレスの発注」
肘置きになっている足先がイライラと床を叩く。
しかし、少し待ってほしい。これにはわたしも言うことたくさんあるよ?
自分で避けてたどの口野郎に、クラスメイトと友人として仲良くなるのを文句いうな!とか
2人きりとは言え、個室で密会してたわけでもない!とか。
ドレスだって頼まれもので、当日になればただの噂だとわかるものだ!とか。
何より、自分のドレスの注文は終えていたのだ。
デザイナーは何か勘違いしてそうだったけれど、普通に考えれば同時に2着もドレスは必要ないのだ。きちんと説明して誤解を解こうとしていた途中だった。
むしろ、ベイルードが突入してきて暴れまわってさっさと出て来てしまった…この状況の方がマズイ気がする。
絶対にあの瞬間のデザイナーの頭の中には、少女漫画的にときめく展開かレディコミ的に泥沼な愛憎劇が繰り広げられていることだろう。勘弁してほしい。
などと言う反論を、声を大にしてしたいところだけど…それが許される空気ではない。
1つ1つわたしの罪を読み上げる度、眼前より向けられる圧が上昇していっている気がする…比喩表現ではなく、実際に息苦しくなっている。
この空間の魔力濃度が上がっているせいだ。
「これらの事象により、世間が俺に向ける印象を教えてやろうか?」
実質、拒否権のない提案。
か細い声で『お願いします』と答える以外に選択はない。
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