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本当は、第3王子エヴァンに頼まれたドレスの方を先に注文したかったけれど、

通された個室に次々と運ばれてくる布地やドレスの完成見本は全てダークトーンのものばかり…公爵令嬢が来た!と言うことで、即座に準備を進めていたのだろう。


まぁ、ね…流行り廃りはともかくとして個人的に好みの色は暗めのカラーで、小さい頃…それこそまだ幼女の頃から淡いパステルカラーを嫌がっていたので

『ゲイルバード公爵令嬢は黒い服しかお召しにならない』は、王都の服飾関係者には周知の事実になってるもんね。


せっかくアレコレ準備してくれたものを横に退けるのも申し訳ないので、さっさと自分のドレスを決めてしまおう。


冬場のパーティーなので、それっぽい素材の小物を使って季節感を出したいけれど、それらを使った意匠で新年用のドレスはもう作ってしまってある。

できれば、同じ素材は避けたいし…たとえ同じでも別な印象になるものが良い。


そう要望を出すと、ファー素材ではなく羽を使っては、と勧められる。

広い応接テーブルに所狭しと並べられた生地見本や小物などの山から、サンプルを取り出しつつ、デザイナーがサラサラとスケッチブックにデザイン案を描いていく。


黒に近い濃紺から深い青になるグラデーションの生地に、黒い羽をあしらって…布地に光沢があるので刺繍はせずに細かな宝石を縫い付けるそうだ。

プロがさらりと描き上げていく図案を楽しく眺めながるのを、わたしは結構気に入っている。

相談して作り上げていくこの過程が好きで、前世でも映画やイラストのメイキング映像を見るのが好きだった。


それを間近で見れるなんて…初めてドレス買いに来た時は感動したものだ。


ドレスだけでなくアクセサリーや手袋、靴なども含めれば総額いくら?の世界なので、小市民なわたしはそう何度も買いに来る気は起きないが…中には毎週ドレスを購入するような着道楽きどうらくな令嬢もいるらしい。


出来上がったデザインに満足げにお互いが頷いたところで、デザイナーがフッと表情を曇らせた。

どうしたのか、何か不都合があったのか?と首を傾げると『本当にこちらでよろしいのですか?』と念を押される。


全然よろしいですけど?完成がとても楽しみですけど?…そんな、念を押して聞かれるほど奇抜とも思えないデザインに首を傾げ続けるしかない。


『……では、こちらでお作りいたします』と最終的には頷いてくれたけど…はて?本当に何故だ??


兎にも角にも、自分のドレスが決まったなら今度はヒロインの分だ。


スケッチブックを片付けようとするデザイナーに『実はもう1着作って欲しい』と伝え、それは今ここにあるカラーや素材のものとは違う雰囲気のものにしたいと…第3王子エヴァンに聞いたイメージやデザイン候補、カラーリングなどを伝える。


その色合いや今までリリーシアが選んでこなかったデザインに、何者か別の人物の趣味が見え隠れしているのに気がついたデザイナーが、問うような眼差しを向けてくる。


まぁ、正解だ。わたしじゃ絶対に着ないような…甘めで可愛らしいシルエットにポイントの装飾、色合いになっている。

明らかに別の人物の趣味嗜好がてんこ盛りの発注だ。


『人に頼まれた』と付け足して伝えると、何故か生暖かい目に変わった。何故だ??

サイズはどうしますか?と聞かれたので、わたしとそんなに体型が変わらないヒロインサラを思い出し『同じ感じで』と答える。

急なサイズ可変にも対応できるよう、もともと洋服全般には『サイズ可変の術式』が含まれているから…多少の差異は問題はないだろう。


ますます持って緩くなった視線に、ようやく意味に気がつき慌てて否定する。


「あ、あの…これは本当に頼まれたもので…」


思わぬ相手の勘違いに令嬢らしからぬ慌てようで否定してしまい、それがますます怪しく見えてしまう。

デザイナーの意味深な笑顔が止まるところを知らない。


どう否定しても勘違いが加速していく様子に、どうしたものかと困っていたら扉がノックされ『お連れさまがご当地着されました』とお店の人が誰か、を案内してきた。


しかし、お連れさま?公爵家に人を呼ぶようにお使いを頼んだけれど、それなら『お連れさま』とは言わない。


案内されて入ってきたのは、まさかのベイルードだった。


2学期中、あれだけ合わなかった…学年が違うとはいえ、すれ違いもしなかったのは避けられていたからだろう。

そのんな、自分を避けていた人物が目の前に現れた。


一体、どんな心境の変化かと思えば…いつものニヤケ面の眉間に薄く皺が見える。機嫌が悪い時のニヤケ面だ!!何かが気に入らないらしいが、何が!?


「ドレスは一緒に決めようと言っていたのに1人で行ってしまうなんて…待ち合わせに遅れてしまったのを、そんなに怒っているのですか??」


外面用の口調だし顔はいつもの胡散臭い笑顔だけど、醸し出す空気がイラついているように感じる。


案内してきた店員はそそくさと出ていき、デザイナーも居心地悪そうに青い顔でソワソワしている。


ツカツカと入ってきたベイルードは、机に広がっていた多種多彩な布地に糸、コサージュやリボンなどを一通り眺める。

白と金色、ピンクで統一されたそれらから目線を外さずに『珍しい色味を選んだんですね』と呟いた。


「あ…いえ、こちらは頼まれたもので…わたしのドレスはもう…」


決め終わったんです、と言外に伝えれば『では、どのようなものか見せていただいても?』とデザイナーに有無を言わさぬお願いをする。


今さっき片付けたばかりの、わたし用のドレス素材を運び込み、それらを前にしながら図案を片手にデザイナーが必死に説明をしていく。


「濃紺ではなく濃い紫から赤のグラデーションに変更して…それと、肩と背中の露出は控えてください」


「…えっ?」


咄嗟に出てしまった驚きの『えっ!?』であって、決して不満があっての発言ではないです!!だから、反抗されたと勘違いして睨まないでください…。


外面のニヤケ面も消えて、デザイナーがヒュッと息を飲む音が聞こえるほどの怒気に晒され、気絶しそうになった。


トラウマになった〜とか、軽くネタ的に言うことはあったけど…なるほど、つまりこう言うことなのだ。

安易に『トラウマ』と言う発言をするやつをこれからは取り締まっていきたい。


本当に、トラウマが出来てそれに直面してから言え!!と。


初めてあった時の出来事が、走馬灯のように頭を駆け巡り恐怖で指先から冷えていくのを感じる。


その後はもう『ベイルード無双』だ。

デザイナーもビビって『仰せの通りに!!』と言って冷や汗を垂らし、お金払って着る本人のわたしに断りもなく生地やディテールなどの諸々を変更。


ようやく登場したゲイルバード家の執事も馬車も無視し、王家の馬車に連行され走り出される。


ベイルードの表情は消失したままだ。外面で生きているような腰巾着がそれで良いのか?とも思うけど、怖くて気軽に聞けない。

この馬車の行き先が、ちゃんと公爵家なのかも聞けない…。


お願いだから家に返して欲しい。

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