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放課後、ヒロインには用事があるので今日の訪問はできないと告げると、捨てられた子犬のようにしょげられた。
いや、でも!仕方ないの!!これは、本当にアナタのためでもあるから!!
盛大に後ろ髪を引かれながら公爵家の馬車に乗り、
公爵家で贔屓にしている店は、種々様々にあるけれど…やっぱり、流行り廃りの流れが早い衣装や装飾品類は最先端のものを身につけることもステータスの一つになる。
揺るがない老舗デザインの良さもあるが、流行を取り入れることも重要なので『人気のお店』は逐一チェックしているのだ。
貴族のお嬢さまも楽じゃない、と思うのがそこだ。
前世でも『おしゃれさん』は流行発信したり追っかけたりしていたけれど、それはあくまで個人の趣味嗜好の範囲だった。
でも、この世界では…と言うか貴族社会では基本なのだ。
好きでも嫌いでも、つべこべ言わずに貴族令嬢ならこれくらい当然!らしい。
幸いなことに、このゲームの世界での自分は飾れば飾るだけ、磨けば磨くだけ輝く外見をしている。
前世の何をどうしても着られてる感の強く、面白くないと感じていた頃に比べおしゃれもだいぶ楽しめるようになった。
その辺りは創作世界に感謝したい。
もっとも、右も左も創作世界の住人なので美形の中に埋もれてるから、たいして目立てはしないけれど…。良いんだよ、中身は満足してるんだから。
我がことながら他人を眺める気分で、毎朝の身支度時に鏡に映る美少女に見惚れているのだ。
…多分、あまりにも前世との共通点がなさすぎるから、いまだに内と外が乖離してる…んだと思う。多分。
どこか他人事感覚が抜けないのはそのせいだ。
それなのに『自分の事』という感覚もあるから、言動がチグハグだったり一貫性が無かったりと齟齬が起こる。
馴染みたいなら、それなりに努力すべきだし
どこまでも他人事にするなら、感情移入をするべきじゃない…。
この世界に馴染めないと言えば、死に戻りループなんて現象により
『世界の摂理』から爪弾きになってしまった、ベイルードとダスティンも…ある意味では同類で同士のはずなのだ。
あんなメチャクチャな出会い方ではなく…せめてもっと紳士的に大人の対応での邂逅だったなら
今頃はきちんと向き合い、ヒロインの重要性をもっと説明して…協力体制のもと、3人してヒロインの恋路を見守り応援できたかもしれないのに。
『コンニチワ死ね』と出会い、2度目も馬車襲撃からの拉致。
説得がうまくいったから、夜中とはいえ日付の変わる頃には解放されたけれど…そうでなければそのまま監禁?いや…殺されていただろうな。
そんな相手を丸め込んで協力しましょうって言えるほど、主人公じゃない。
自分を殺そうとした相手と手を取り合って『もう仲間よ』『あなたを信じてる』『協力して』と言えるのは、物語の主人公だけだ。
それでも、今時珍しいくらい裏表もない…
いかにも平均的な思考しか持ち合わせのない、一般的な現代日本人なので…危険な人物とは距離を図るしかない。
万に一つ、さらに追い込まれ精神が壊れ思考もまもとじゃなくなれば…排除しようと考えるかもしれない。行動に移せるかは別として。
懐柔し篭絡?…そんな行動はできません。
今の私にとってベイルードとダスティンは、いつ暴れ出すか分からない猛獣と同じだ。
とは言え、その猛獣との婚約話が粛々と進行している。
早く破約(シャレではない)の方向にベイルードが動いてくれないと、本当にこのまま結婚しなければいけなくなる。
結婚自体には憧れていたし、前世でも『結婚したい〜(ただし相手はいない)』と日々、ぼやいてはいたけれど…
相手は誰でもよかったわけじゃないのに…猛獣ではなく、せめて人間と結婚したかった。
いや、ベイルードは乙女ゲームの攻略対象だけあって美形だけどね。
細目でニヤケ面で胡散臭くて、本気になると瞳孔開いた感じに開眼するけど…見た目だけは良いんだよ。
つまり…見目は良いけど躊躇なく喉笛噛み付いてくる、人殺しをなんとも思わない猛獣なんだよ。
現時点でのわたしの認識としては。
せめて何かしらの人間性が垣間見れて…あれ?これってもしかして懐柔ポイントになりそう?可愛いじゃん?良いとこあるじゃん?って思える部分が垣間見えれば……だめだ、想像できない。
何より、結婚をイメージしても新郎衣装のベイルードが微塵も想像できない。
魔王っぽい衣装着てほくそ笑んでるのは容易に想像できるのにね。
その後の子供抱いてるシーンも想像できない。
あれが父親に?赤子抱くの?子育てするの?
この世の悪の親玉みたいな顔で、悪い女代表みたいな妖艶な美女抱いてる方が簡単に想像できる。
いや、気持ち切り替えよう!今はわたし自身の話は良いんだ。
世界平和のための
猛獣との今後は、世界が平和になってからゆっくり腰据えて対処すれば良いんだよ。
両天秤で片付けられるほど、世界平和と猛獣との婚約話は簡単じゃない。
まずは一つずつ。ただでさえ両方とも凡人には抱えきれない問題なのだ。
思考の渦に浸っている間に、馬車は目的の洋品店に到着。
恭しく声がかけられるので、自分で扉を開け挨拶をする。
店員は驚い顔を一瞬するが、さすが高級店に務めるだけあってすぐに表情を改め『ようこそお越しくださいました』と丁寧なお辞儀をする。
本来なら、供回りもなく貴族の女性が外出するものではない。
一度帰宅し着替えてから、改めて赴くべきだったけど…その少しの時間も惜しんだのだ。
なので、お店の人にお願いして公爵邸に使いを出して欲しいと頼んでおいて、その間にわたしは個室でデザイナーとドレスの相談だ。
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