51

学園に併設されているレストランは運営母体は学園ではないが便宜上、学食と呼ばれ、中庭に面したテラス席には、移動販売の売店も並び手弁当を持って利用する生徒も多い。


立ち話ですまない長話になる可能性も考え、空き教室で話を聞くことも考えたけれど

一応、不本意ながらも…未だに婚約者の居る身なので衆目の中で話を聞くことにした。


貴族も自由恋愛からの結婚が主流になっているけれど、不貞は当たり前にダメだ。


ましてや公爵令嬢と第2王子の婚約など、今、王国内で1番ホットな話題だ。

まだ正式な公表もされていないが、だからこそこの時期の双方の異性の影は瞬く間に広がる。


そして、もう一つ気を遣う理由。

話の内容が、これまた王族である第3王子エヴァンのクリスマスパーティーのお相手のこと、だからだ。

同じ学園に通う女子の間では、決まった相手のいないもう1人の王子が誰を誘うかも、大きな話題のひとつになっている。


透明なドームに覆われた中庭は年中一定の気温に保たれ、天候の悪い日でも天井に晴天を映す人気のスポットだ。


各席には大きなパラソルが刺され、その下は遮音の術式が展開されている。

音を外に出さないための術式で、外部の音は普通に聞こえるから何者かが密かに近づいても気がつける。


内緒の話がしたいが、人目を憚り籠るのは『怪しんでくれ』と言っているようなもの。誰もいないと思っていても、誰かが見ているし聞いているものだ。そこからあらぬ噂が立てられれば貴族社会では死ぬ。


その結果作られたのが、オープンな場所で内緒話をする…カフェテリアのような場所だ。



呼び出す人間の礼儀として、待ち合わせよりも早く来たつもりだったが第3王子エヴァンはそれよりも早く席に着いていた。

遅れたことを謝罪し席につくと、自分も今来たところだ、とお決まりの返事がくる。


いきなり本題に入りたいけれど、さて、どうしたものか…と、運ばれてきたミルクティーを一口飲もうと口に運ぼうとしていたら、まさかの王子の方から本題に突っ込んできた。


貴族の遠回りな会話術を気にするほどの、余裕はないらしい。


普段の王子然とした表情が崩れ、頬を薄く染めテーブルの上の手を忙しなく組み替えながら一方的に捲し立てる。


『…本当は事前に準備をしておくべきなんだけど』


何しろ、咄嗟に誘ってしまったので何も用意していなかったんだ…と、とんでもない失敗をしてしまい怒られる寸前の子供のようにしょげ返っている。


聞けば、ヒロインを誘おうと画策する男子生徒複数人の会話をたまたま耳にしてしまい、

誰かが贈ったドレスを着て、誰かの為に装った彼女が微笑み、誰かの腕の中に身を委ねる…そんな光景を想像し、いてもたってもいられず誘ってしまったのだと…いや〜青春してるね〜。


彼がここまで悩むのは、相手が平民のヒロインだからだ。

これが例え低い爵位の没落寸前の貧乏貴族であろうとも『貴族』であると言うだけでだいぶハードルは低かったはず。


『何某家のなんとかと言う令嬢に贈るからドレスを用意して』とメイドに言うだけで、カタログから抜粋された候補がいくつか出されそこから選ぶだけで済む。


しかし、これが平民の少女に贈るとなると色々と面倒くさくなる。

『贈り物したいから候補出しといて』まではできるだろうけど、その後に周囲に及ぼす影響が段違いになる。

ただの若気の火遊びなのか、王位継承権を放棄するほどの想いなのか、少女に後見人をつけるつもりなのか…それだけで貴族たちは騒つく。


それが面倒臭いと言う放つようなら、見込み違いかと危惧していたけれど…どうやら、そんな権力闘争の巻き添えになるかもしれないと言う思いから二の足を踏んでいたようでホッとした。

キャラ設定通りに優しく思いやりのある王子さまで良かった。


『それならば、わたしがドレスを用意しますからエヴァン殿下のお好みやご要望をお教えください』と、ノートを取り出し最後のページに王子の注文をメモしていく。

あくまで、王子の要望を聞いて代わりに購入するだけなので『悪役令嬢とヒロインの百合ルートあるある』には当てはまらないはずだ。


要望をまとめてみると、どうやらゲームの1枚絵スチル通りのドレスで良さそうだ。

自分の分のドレスを注文するついでに、ヒロインのドレスも発注しておこう。


ただ、一つだけ。第3王子エヴァンに漢を見せて欲しくて、髪飾りだけは自分で用意するようにお願いしておいた。

何か1つくらいは自力で用意した、と誇れるものがないと格好つかないだろう。


『あれもこれも全〜部ぜ〜んぶ、女友達に用意してもらったんだ』は…いくらなんでも最低だ。それが事実だとしても、最低だ。


魔法やら魔術のあるこの世界では、オーダーメイドでも翌日手渡しが可能だ。

どんな原理でどう作られているのかは不明だけれど、かく洋品店ごとに門外不出の術式があるらしい。


ベイルードと婚約しているわたしは、当然、彼と出席する。

ドレスも事前に贈られてくるはずなのだが、それについてなんの音沙汰もない。


それどころか、実は2学期初日の夢に押しかけられて以来、ベイルードとは顔も合わせていない。


彼子飼いのスパイ騎士で第3王子エヴァンの護衛であるダスティンとは、同グループと言うことで顔を合わせ多少の会話もしたが

まさか、スパイしている人間に『あなたの本当のご主人さまはお元気?』と聞けるわけもなく…。

単なる王子の護衛に、公爵令嬢が個人的な用事もないのでこっそり会うことも叶わず。


結果、数ヶ月放置状態だ。


わたしが別邸に帰ってきてからは、公爵による『ゲイルバード公爵家のお勉強会』も王城で行う徹底ぶり。

余程、愛娘と会わせたくないのだろうけど…結果の数ヶ月放置。現代日本でこれでは『わたしたち自然消滅したから』と言われても不思議じゃない。


目の届く範囲で、愛娘とその婚約者の睦まじい姿が見たくない!の一心で、公爵邸に連れてこないのだろうけれど…。


まぁ、わたし的には平和だからそれに越したことはないけどね。


とは言え、目前のパーティーについて何の音沙汰もないのは困りものだ。

ドレスの準備もなく当日を迎えたくないので、こちらでも適当に用意だけはしておくつもりだ。


要望をあらかたまとめたノートを仕舞い、この後すぐにでも発注しにいくと請け負い第3王子エヴァンと別れる。


本格的にヒロインへの好感度をあげよう、と動いたのは2学期になってからだ。

クリスマスパーテーへ誘うほど稼げるとは…願ってもない好感度の急上昇に、わたしの気分も上昇しっぱなしだ。


せいぜい、ノーマルエンドの『わたしたちの戦いはこれからだ』だと思っていたけれど、きちんとハッピーエンドにできそうで胸を撫で下ろしている。




ところで、すっかり失念していたんだけれど…

側近どころか護衛すらもなしに第3王子エヴァンが居たことに少しは疑問を持つべきだったのだ。


『後悔』とは『後に悔いる』と書くけれど…その通りだと、いつもいつもその時になって思う。


もっと注意深く要るべきだった、と。


馬車の中の重苦しい空気の中、目の前に座る不機嫌なベイルードを前に早く家に着いてくれ!と祈りながら、

わたしの注意深さはいつになったら身につくのか…本気で悔やんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る