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夏休み初日の授業を終えた放課後、ヒロインの住まう寮に向かう後ろから、第3王子エヴァンの護衛騎士・ダスティンが声をかけてきた。


すっかり忘れていたけれど、この人もベイルードと同じく死に戻りを何度か経験して、精神こころみかけてる人物その2。

あの腹黒ニヤケ面ばかりが周辺で騒いでいたから影が薄くなり、記憶から抜け落ちてしまっていた。


改めて見てみても、目の下に隈や肌ツヤがないなどの分かりやすい変化はない。

でもせっかくの『鋭く光る銀色の瞳』(キャラ設定より抜粋)にハイライトがなくて曇ってる気がするけれど…木陰に立っているからそう見えるだけだろう。


呼び止められて、立ち止まり振り返ってしまったので今更気付かなかったフリは出来ない。

『お嬢さま仕草』でつちかってしまった、声をかけられたらキチンと挨拶する、がこれほどにあだになるなんて…。


仕方なしに『何か御用でしょうか?』と微笑み聞けば、無機質な声で『王子がお呼びです』とだけ答える。


これはいつかと同じやりとりじゃないか?

夏休みのあの日。わたしは同じ言葉で呼び出されたのだ。


第3王子の護衛騎士、としか設定を思い出せていなかったので『(第3)王子が呼んでいる』と勘違いしたまま

本当は『(第2)王子が呼んでいる』だったのだと気がついたのは、あのニヤケ面とご対面寸前だった。つまりは手遅れ。


思えばあの日から、わたしの運気は『やや不幸』に傾いた気がする…。

『このままヒロインが王子と結婚して、世界が平和になって…結果、わたしも平穏な生活を送る』と、ざっくばらんに想像していた将来設計が…気がついたら『腹黒ニヤケ面策士(精神病んでる)の婚約者』になってしまった。


「………ちなみに、どちらの王子殿下のお呼びでしょうか?」


若干、笑顔の口の端が引きるのを感じながら、可愛らしくコテンと首をかしげて質問をする。


お願いだから、今度こそ第3王子のお呼びであってくれ!!と心の中で拝み倒す。


しかし、第3王子エヴァンの呼び出しであったとしても、その理由が思いつかない。

同じクラスではあるけれど、ただ、それだけの付き合いしかしていないのだ。


特別親しいわけでもなく、同じクラスになったからと言って馴れ馴れしくもしていない。

一般的には、王族と同じクラスになったら少しでも親しくなろうと行動するのかもしれないけれど、少なくともわたしは仲良くなりたいと思ったことは一度もない。


入学するまでは…この世界が『悠久の詩』だと思い出すまでは、暫定で攻略対象候補で、だと思っていたし

今は『ヒロインサラにオススメしたい攻略対象のナンバーワン』だ。

ナンバーワンでオンリーワン。筆頭にして唯一無二、手放しでオススメできる逸材。下手にわたしがウロチョロしてヒロインサラの行動を阻害してはいけない。


何も答えないダスティンに『誰のことか教えたら嫌がりそう』と見越しての沈黙なのか、怖くなる。

確かに『ベイルードが呼んでるから来て』って言われたら、と言われようとも全力で逃げる気がする…。


「エヴァン…王子が、お呼びです」


目を逸らしながら言うのがとても怪しい…けれど、護衛騎士がその仕える主人の名を騙っているんじゃないか?と疑うのはとても失礼な行為だ。

仕える主人に、まして対象が王族ならばその忠誠は唯一無二でであると言うのが『この世界』の常識なのだ。

ただ、ダスティンの場合はそこに一捻り入ってるからややこしくなる。


「エヴァン王子のお呼びですか…なんの御用かお聞きしても?」


「自分も、ただ呼んできて欲しいとしか…」


ダスティンが、いたって当たり前に騎士としての礼をとりながら手を差し出してくる。


夏休みの呼び出しは、ただ先を歩いただけなのに今回はちゃんとエスコートする気があるらしい。

新学期が始まり、今はまだ放課後になったばかりで人通りも多い。衆目がある場所で、王子に仕える騎士が公爵令嬢を蔑ろには出来ないと言うことだろう。


つまり、そこそこの人数が聞き耳を立てているかもしれない状況で『王子に呼び出された』のを断れないと言うことだ。渋々、その手を取るしか選択肢がない。


これは、ますます怪しい。

第3王子の呼び出しと言ったけれど、断れない状況を狙って声をかけてきた可能性もある。

向かう先に、扉の向こうに、ベイルードが居ても気をしっかりもとう。

少なくとも、その心積りはしておいて損はない。


あぁ〜ヒロイン似合いたかったな〜

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