幕間 第2王子 エヴァン2


その話を聞いた時、にわかには信じられなかった。



淡くもろく、美しくも切ないだけの…幼い感情の向かう先である少女。


そんな彼女の婚約が内々に決定し、その相手が腹違いの兄だと知らされた時は、自分の足元から世界が消え去り暗闇の中に落とされたようだった。


令嬢の中の令嬢と称されるのは、何も見た目の美しさや行儀作法、賢さ、だけが理由ではない。

彼女が『ゲイルバード家の令嬢』であることも十分に加味されてのことだ。


王族を除けば権力のトップにある家門で、蝶よ花よと育てられた深窓の令嬢。

宰相公爵の愛娘。


男の貴族にとって、その見目の良さと権力は垂涎すいぜんの的で…だからこそ、公爵も飢えた打算まみれのオオカミは徹底排除していたし、彼女の婚約に関しては慎重に慎重を重ねていた。


それが、今日になって突然『第2王子との婚約が内々に決定』と報告が届いたのだ。


側近のニコラエスも同席しての朝食の席で、今日1日のスケジュール確認をしている最中。乱暴に開け放たれた扉の音に驚き、無作法を咎めようと立ち上がった瞬間に告げられた内容は衝撃の一言だった。


そのあとは、ニコラエスと2人して打ち合わせと言う気分でも無くなってしまい

無言で公務に向かった。


人に会う予定の日でなくてよかった。

1日中を机に向かう日にしてよかった。


提出された第3王子の名の元進めている事業や活動の報告書に目を通しながら、何かが込み上げてくる度にお茶を煽り飲み込んでいた。


…そんな風にお茶ばかり飲んでたから、よく中座することになったけれど…今日ばかりはニコラエスも何も言わなかった。彼も、お茶ばかり飲んでいたから。


本城でももっと中心の、陛下の執務室辺りはもっと騒がしいのが城内の空気で察せられるし、離宮では第1王子オリゲルドが暴れ回ってると伝わっている。


肝心の第2王子ベイルードは今日は外での仕事が多く、様子は何もわからず仕舞いだった。


夜半近くになってようやく帰城したと聞いた時は、一体どこで何をしていたのか…そんな遅くまで逢瀬を名残惜しむ相手がいるのに、リリーシア嬢を奪うのか!?と、瞬間的に怒りが心を支配したが

王都内にある公爵家の別邸にて、公爵本人が招いて婚約後の話をしていると聞けば、その怒気はみるみる萎んでしまう。


そうか…公爵本人が手ずから教育をほどこすほど気に入っているのか。


回ってきた情報によると、第2王子は実は密かにリリーシア嬢に懸想しており、その思いの強さを公爵が見込んだ…らしい。


決して『片想い』と言えるような強い感情はもう無いけれど、初恋の少女。

そんな未練たらしくジクジクと招待状を送っている間に、第2王子はしっかりと筋を通し想いを告げていたのかもしれない。


正直、あの腹違いの兄の顔からは想像もできない純粋っぷりだけど…。


嫁入りとして王城に入るのではなく、婿入りとして公爵家に入るらしい。

そのまま公爵家を後ろ盾に王太子となることもできただろうに…リリーシア嬢の心の優しさでは、皇太子妃…ひいては王妃を強いるのはあまりに無体、と継承レースから身をひいたのかもしれない。



婚約の報から数日後、殴られたような顔をした第2王子ベイルードとすれ違った。

いつも通りの腹の底の見えないお顔をしていたが、さぬ中の兄弟の僕にも気さくに挨拶をしてくれる人だ。


世間話であり、同然の流れとしてお顔をどうしたのかと問えば、『兄がな…』と濁される。


第1王子のオリゲルドがリリーシア嬢に執心していたのは、王城では公然の事実だ。


『望みのものが全て手に入ると思い込んでいる兄上には、初めての挫折でしょう』と、呑気に殴られたあとをさするので、なんと答えたものかわからない。


本来は、おめでとうございます。という言うべきなのだけど…素直に口に出ない。


それを察してかどうか分からないけれど、殴る気概があるだけ健全ですよ、と意味深に零して言ってしまう。


自分の気持ちもしっかり固まっていなかったくせに、なんとなく失恋した気持ちになって鬱屈としている僕への当て付けだろうか…まぁ、その通り過ぎて何も言い返せないけれど。


いまだに騒いで喚いて、認められないと暴れ回るのも…それはどうかと思うし。


今はまだ、このハッキリしないモヤモヤとした感情に浸っていたい気分もしている。

新学期からは心機一転でまた頑張るから、今だけは好きなだけ悩ましてほしい。


そうしたら、きっと…『おめでとう』と『羨ましいです』とちゃんと言える気がするから…。

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