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夏休みも残り半分になってようやく、公爵家本邸に帰ってこられた。


迎えてくれる可愛い弟のリュカスは今日も絶好調にシスコンだ。

馬車を降りて自室に入ってもズゥ〜っと仔犬がまとわりつくように、はしゃぎまわり…晩餐でわたしが第2王子と婚約したと知るとバッタリとコント芸人のようにひっくり返った。


公爵夫人は事前に聞いていたようで『昨晩は公爵さまから散々、泣きつかれて疲れましたわ』と寝不足な顔でため息を吐いた。


通信魔道具で一晩中、愚痴っていたらしい。


本人だって翌日も朝から仕事だし、公爵夫人だって暇してるわけじゃなくしっかり領主代行の仕事をしている忙しい人なのに…何をやってるんだ、あの人は。


『それで、お城に上がるのではなく殿下にお婿に入っていただくそうですけれど…それで良いの?』


望めば王太子妃として上にも下にも置かず、出迎えられるだろう。と言外に問われる。


わたしはその質問にゆっくり頷きながら『結婚してもゲイルバードのリリーシアでいたいので』と健気に家族好きで離れたくないアピールに微笑んでみせ


『全く、学園に入学しお姉さんになったと言うのに…そんな甘えたでどうするのですか?』


ため息まじりに苦笑されたけれど、公爵に負けず家族が好きなお母さまなので娘が嫁に出ずに安心しているようだ。

ましてや、王族に嫁ぐ=王城(後宮に入る)と聞けば心配もしただろう。


どちらにしろ、まだ婚約の段階だ。

婚礼準備だけは時間をかけて今から進められるだろうが、まだ正式に親同士の話を交わす前なので、本格的に話が進められるのは夏休み明けだろう。

緊急を要する懸案事項は他に山積みなので、降って沸いた正式な婚約話を進めるには間が悪い。国王と宰相の手が空いて、話し合いができるのは…多分、そのくらいだ。


当面のわたしの予定は、追試を乗り越え勝ち得た残り少ない夏休みを満喫することになっている。

ちなみに、ベイルードは王子としての公務の合間を縫って、すでに始まった舅イビリにより、隔日で行われる『ゲイルバード公爵家の歴史』のお勉強をすることになっている。ざまぁ〜!!!!





『婚約はするが王城には入らず、ベイルードに花婿修行をしてもらう』と宣言した後は、先ほどとは違う阿鼻叫喚に包まれることになった。


『ふざけるな、誰がお前なんかと!』と叫びたくとも、自分がついた嘘と外面により抗議を封じられたベイルード。

どちらにしろ娘が将来的には結婚するとなって、すでに号泣の公爵。

あわよくば、公爵家の後ろ盾で第2王子を立太子させようと目論んでいた国王の宥めすかし。


それら全てに反論し、説得するのには骨が折れるので、とにかく『それ以外の条件なら結婚しません』と言い切り無理矢理に納得させた。

主に、国王陛下をだけど。


この国王には、まぁ…心友の公爵と家族関係になりたい願望も確かにあるが、それ以外にいまいち決定的なコレ!と言う決め手のない第2、3王子のどちらかを王太子にし、後継問題に終止符を打ちたかったのだろうと思う。


『宰相公爵の令嬢』とは、つまりは、現在のウィースラー国内で最も揺るがぬ強固な後ろ盾だ。

彼の目から見ても、第1王子のオリゲルドは声の大きな傀儡にしか見えず、哀れにこそ思え王太子にはできない。

しかし、その派閥の声の大きさは無視できず悩みの種なのだろう。


だから、腰巾着と揶揄やゆされようとも、頭がよく政治向きな性格をしている第2王子ベイルードか、頼りなさはあるが優しく、どの王子よりも血筋に正当性のある第3王子エヴァンに盾を与え、第1側室派閥の声を聞く必要のない王太子を作りたいのだ。


ただし、それは乙女ゲーム『悠久のうた』的にはアウト!!


ヒロインのサラには是非とも、第3王子ルートに進んでいただき、英雄の生まれ変わりとして次期王妃になって幸せになってもらいたいと考えている。


攻略対象であるベイルードと婚約する時点で物語の幅を狭めてしまうけれど…死に戻りループで精神病んでる男なんて間違っても進められないし、絶対止める。

こればかりは、本人の意思も関係するから一方的に決めちゃいけないんだけど…。まだ、誰も想い人がいない状態なら、無視わけないけどコントロールさせてもらおうと思ってる。


何しろ、世界の命運とこの国の未来と、わたしの平穏な生活がかかってるからね。


1番良いのはエンディングのタイミングでわたしの婚約が破棄できれば最良。

ダメでも、婿入りが決定していれば公爵が監督してくれるだろうから、少なくとも野放し状態よりはわたしは平和…なはず。

1番ダメなのは、王城に入り第2王子の後ろ盾として王太子妃らしく支え尽くす人生…それは絶対に嫌!!


なので、何がなんでも『婿入りでの婚約しか受け付けません』と言い続け、嫁に行くよりはマシ!!と弾き出した公爵の助けもあって婿取り方向での婚約が内々で決定した。


公爵はあの後、一晩中妻に愚痴ったのか…。

婚約でそれなら正式に結婚するよってなったらどうなるんだろう。


ちなみに、国王が最終的に折れた要因は『心友と家族になるチャンスはこれ切り』との打算だ。

婿入り条件を飲まなければ、縁組は今後、一切を受け付けず…尚且つ!娘と息子を守るために、宰相の職を辞して領地に引っ込む!!と宣言したからだ。


ベイルード?本人そっちのけで進められる話に退屈そうにあくびしてましたね。

ただ、去り際にギリギリ聞こえるか聞こえないかの音量で『覚えてろよ』と言われました。怖っ!!


夏休み明けて、両家の…と言うか、主に父親同士での話し合いで正式に婚約発表の日取りを決めることになっているが…どれだけ早くても年内は無理だろう。


王族の年間行事のスケジュールは年度始めにはすでに組まれている。

年始のパーティーで抱き合わせでやるか、大々的な発表にするなら来年度のスケジュールになるだろう。


来年発表なら、ゲームシナリオも終わっていて(上手く行けば)良いエンディングで滅亡はしないはずなので、平和になった世界で平穏に過ごすために、ベイルードには是非とも頑張って破談に動いてもらいたい。


自分が言い出した『焦がれた令嬢のストーカーの結果、襲撃を2回も助けられました!』の結果なので、

婚約できるなんて願ったり叶ったりで断りにくいだろうが…どうせ今頃も公爵からの舅イビリを受けているはずだ。

恋に恋して盲目だったけど、現実みたら辛すぎてやっぱ辞めたいって、情けなくても良いから開き直って断ってほしい。


大丈夫、多分、それを言っても許されて、逆に同情されるくらいにはイビリ倒されるだろうから。


公爵夫人との晩餐後のお茶にて、もうどんなドレスにするのか夢みがちに語る彼女の話を半分に聞きながら

本日何度目かの、ベイルードに向けてのざまぁ〜!!で口の端が歪むのを、お茶を飲む素振りで誤魔化す。


あ〜ホント、気分良〜〜!!

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