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あくまで貴族としての余裕を失わない程度のスピードで公爵邸に到着した馬車は、待ち構えていた従僕により扉が開けられ、傍に控えた従僕の手を借り地面に降り立った。


そのまま手は離されることなく、優雅に、しかし早足…駆け足気味に屋敷に収められる。


背後では後続の馬車が到着し、その持ち主が降りようとしているみたいだが家人総出で押し留める声が聞こえる。

何となく、ここ最近で不本意にも聞きなれてしまった声が、わたしを呼んでいる気がしているけれど…お気になさらず、と手を引く彼が言うのだから…お気になさらないことにした。


だけど、王子さまの来訪をここまで拒んで果たして大丈夫なのかしら??


『お夕食までお部屋でお休みください。お時間になったらお呼びいたします』と、良い笑顔で下がっていく従僕の姿はいつもの通りなのに、屋敷に内に漂う緊張感がただ事ではないと伝えてくる。


きっと、こうしている間にも、知らせを受けた公爵が爆速で帰宅していることだろう。

これ以上騒ぎが大きくなる前にベイルードには帰っていただきたい。


しかし、物理的にはこうして守ってもらえるけれど、昨夜のように夢に出てくるのはどうすれば良いんだろう?


ベイルードは『自分が編み出した魔術』と言っていた。となれば、一般的には夢を渡る魔術なんて存在しないのだろう。必然、防ぐ手立ても無いことになる。


「面倒な術式っぽいこと言ってたから、そう簡単にはできないことを願いたいけれど…」


あまり楽観視するのは危険だ。


しかし、ある意味あれは初見殺しなところがある。

最初こそ本当に目の前に現れたと思って馬鹿正直に対してしまったが、もう今度は目の前に現れても『夢』と分かるので、即、魔術で吹き飛ばし追い出しても良いはずだ。


問題は、夢で殺してしまった場合の現実への影響がどうなるか…


前世の知識だけれど、嘘か誠か…夢が現実に及ぼすアレコレは都市伝説的でもあり、しっかりと科学的な裏付けがあったりで、あやふやだけど…


寝言に返事しちゃいけない、とか

夢で死ぬと本当に死ぬ、とか


もし、夢でベイルードを殺してしまった場合…それが現実にも反映した場合…

逆に、夢でわたしが殺された場合…。


原因不明で死亡した第2王子、として世間では片付けられるけれど

それが乙女ゲームのシナリオにどう影響が出るかわからない。

仮にも、彼は攻略対象なのだから。


わたしが死ぬのは、もちろん論外だ。


部屋の外、玄関ホールあたりの騒ぎは熱を増している気がする。

公爵が帰宅したのかもしれない。


お願いだから、晩餐には帰っていて欲しい…心の底からのお願いだけど、

多分…これはフラグになりそうな予感がしている。


悪い予感こそ当たるもんだしね…。


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