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結局、あの後は『また奴がくるかもしれない!!』と寝直すこともできず…ベッドの上でウトウトしては覚醒を繰り返していた。


ようやく朝日が登り、今日は追試最終日。

テストを受けるには最悪のコンディションだ。


それでも『公爵令嬢』として、追試を受けている以上の汚点は避けたい!!と、必死になった結果…終わった後は完全に燃え尽きて灰だ。


夏休みのおよそ半分を潰すことになってしまったが、結果、誰の目もはばからずヒロインサラと仲良くなれたのだから…良しとしよう。

…せめて、そう思おう。


休みに入ってからの恒例で、今日も終わりにはヒロインサラを尋ねる。

追試が終わった事と明日からは郊外の本邸に戻る事を伝え、『次に会うのはお休み明けね』『宿題、ちゃんとしなきゃいけませんよ??』とお小言めいた事を令嬢ぶって言えば、ヒロインはぎくりと肩を揺らしながらも素直に『はぁ〜い』と返事を返す。


夏休み前には考えられないくらい、わたしとヒロインサラの距離は近くなった。


このままの関係を保てれば、いずれは訪れるはずの彼女の恋の瞬間もいち早く察知できるだろう。

友人として恋の相談とかされれば、相手が誰なのかも確実にしれる。


2学期からでも順当に攻略すればノーマルエンドにはいけるけれど、現実に生きている世界でもあるのだから、些細なきっかけで関係が進展しハッピーエンドに到達できる可能性もある…楽観的すぎかもしれないけれど。


何にせよ、人の心だ。急激に進展するかもしれないし、顔も見たくない!!とこじれてしまう可能性もある。

どうなってもすぐに対処できるよう、この友人ポジションはしっかりと確保しておかなければ!!


夏休みの宿題のスケジュールや、参考にできそうな文献の候補をし合い、夕方には馬車留まで一緒に連れ立って歩く。


蝉こそ鳴いていないが、日本のように四季の移ろうゲームの世界設定になっているはずなので、夏は湿気と暑さで過ごしにくい。

しかし、『魔法』があればエアコンは不要で、制服にも『適温』の術式が施されているから、1年を通して快適だ。


それでも、ジリジリと肌を焼く日差しの熱やベタつく湿度が完璧に緩和はされない。なるべく涼しい日陰を選んで歩くが、薄くジンワリと汗が滲んでくる。

涼しくなるのは、まだまだずっと先だ。


お互い、熱射病には気をつけましょう。とか

冷たいものばかり食べてはいけませんよ。とか


そんなたわいの無いおしゃべりをしている内に、馬車留に到着し…


「それでは、また2がっ…」


『…き』まで続くことはなく、目の前の馬車留のど真ん中に燦然さんぜんと輝く王家の紋章入り馬車に、流れていた汗が一気に冷や汗に変わる。


ここ数日ですっかり恐怖の象徴となったニヤケ面がいないか…周囲を見回すが、とりあえず今は居ないようだ。

それならば、あの馬車は第3王子のものか??その可能性が高いけれど、確証はないので安心はできない。


ならば、今のうちにさっさと帰るに限る!!


コホン、と取り繕うように咳払いを一つして、改めてヒロインさらに向き直り『それでは、2学期に教室で会いましょう』と挨拶をして、そそくさと公爵家の馬車に向かう。


心配性で過保護な公爵が朝は一緒に乗りあって登校したが、帰宅はひとりになると気がつき『いつもの馬車ではなく、手配しておくからそれに乗って帰りなさい』と言い含めらている。


…られて、い・る・がっ!!


執事にメイド、騎士2人は流石に物々しすぎるでしょう…。


うやうやしく頭を下げる彼らと彼女に応え、馬車に乗り込む。

執事とメイドも同乗し、騎士2人が規定の位置について出発だ。


2度も謎のやからに襲撃された娘を案じているにしては、厳戒態勢に近い。

何なら、執事か従僕だけでも迎えには十分なはずだ。

王子王女ですら、通学時の護衛は1人だ。

(側近や護衛騎士の候補である同年代の子らも同乗するからだけど)


おそらくだけど、公爵の中ではもうベイルードがのだと思う。


それは『溺愛する娘の気に入らない娘婿』としてだけではなく、襲撃犯として、根拠になり得る証拠か確信ができたのだろう。


私兵騎士による護衛、執事が接触を阻みその隙にメイドが娘を安全な場所まで連れて行く。

それはただの暴漢に対してではなく、攻撃できないが接触させたくない相手にする対処だ。

ただの暴漢なら問答無用で排除すれば済む話だから…。


何より、あの王家の馬車。よくよく思い返してみるとカーテンが閉まっていた。


よほどの理由でもない限り、馬車のカーテンが閉まっているのは『知られたくない事してます』『知られたくない人が乗っています』と公然と言っているようなもので…と言うか、として気がついてもスルーするし、そうして知った事実を吹聴するのは下世話で下品。と、されているのだ。


だから、あのカーテンの閉じた王家の馬車には、確実に中に誰か居て…そして、その人は詮索されたくない何事かの理由により、カーテンを閉じていたのだ。


…やっぱり、いたはベイルードだったのかもしれない。


待ち伏せしていて、しかし、物々しい公爵家の迎えの馬車を見て諦めて帰るつもりなら良いいが…。


多分、きっと…恐らく…確実に??後ろをついて来ていると思われる。


なぜなら、先ほどから執事とメイドに緊張が走り、空気がピリつき始めている。


執事が鋭い視線を後部の窓から外に向けるので、釣られて後ろを振り返ろうとした瞬間に『お嬢様』とメイドに静かに呼びかけられ、たしなめられる。


笑顔で首を横に振り『お気になさらず』と言うが、無理な話だ。

気になって仕方ない。


後方確認をした執事が走り書きで伝令を飛ばす。メモ紙に施された術式により、小鳥に変じた手紙が窓から飛び立つ。


「公爵邸に使いを飛ばしました。到着次第、お嬢さまには申し訳ありませんが少々お急ぎいただきまして、お屋敷にお入りください」


後のことは私どもが片付けます、とニコリと微笑むロマンスグレー。


頼もしいことこの上ないけれど、予想通りに後ろを馬車が付けていて、それがベイルードの馬車だった場合…。


果たして、その通りになるだろうか?彼が獲物を逃すだろうか??


そこまで考えて、『獲物』が他ならぬ自分自身であると思い至り、何が何でも逃げることを心に決めたのだった。


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