幕間 父・ゲイルバード公爵

私の名前はレジナルド・ゲイルバード。ウィースラー王国の公爵で宰相を務めている。

幼くして両親を亡くし祖父母に育てられたが,成人してすぐに2人とも逝ってしまい,若くして王国の一大家門を継ぐことになった。


当主になるにあたり,婚約者であったヘンリエッタとの結婚も前倒しとなってしまい,十全に準備の整った式を挙げさせてあげられなかったのが,今もなお心残りである。


現国王のアーティボルト・ウィースラーとは幼馴染で,彼が王太子時代に何かと便宜を図り,若い当主を手助けしてもらった恩がある。


しかし,最近は…もう,その恩も返し切ってあまりある気がしている。




忙しさから適当にビスケットとお茶を流し込んだ昼食を済ませ,駆け足で戻った国王の執務室で,真剣な顔で悩んでいるから何事かと問えば,

『なぁ,どう思う??』と聞いてくる内容は,正妃に贈るアクセサリーを指輪にするか首飾りにするか,と言った政務には全く関係のない話だった。


決裁し考えなければいけない事案の書かれた書類を山と積んであるはずなのに,どうやらお見えでないらしい。

写し絵も載せられた豪華なカタログを何度も同じページをめくりながら,もう1時間以上は悩んでいる。


『ジャネットは欲しいものしっかり教えてくれるから楽なのにな〜』

『レオノラはなんでも光栄ですって受け取るくせに,1回も使ってくれないんだ』

『だからって,何も贈らないと拗ねるしな〜』


特に返事を必要としてはいないのか,全く一言も返さず黙々と仕事をする私を機にすることなくカタログを眺め続ける。


当代の国王陛下はとにかく好色である,と言われているが。まさしくその通り。

気分によって求める女の条件がコロコロ変わる最低な性質たちのこの男は,しかしその全てを1人の女に向けて関係を破綻させるのではなく,それぞれの特性を持った女を囲うことで解決させた。


これが『国王』でなければ地獄に落ちてしかるべき最低な男の所業なのに,世継ぎ問題も抱える立場になりたねを撒く必要のある立場では許されることを天職であったなと笑い飛ばすべきか…。


撒きまくったたねのおかげで,世継ぎには困らないくらいに王子王女はいるのに…いまだに新しい女をどこからか連れてきては離宮に住まわせている。

非公式の子供まで入れたら歴代ぶっちぎりで子沢山だ。


そして,この性癖に付随するもう一つの悪癖。ギリギリまで女の顔色を伺うのだ。

私のように唯一と決めた女性と反目せぬように,いつまでも睦まじくいれるようにする努力を…その労力を,囲う女全てにやろうとするのだ。


当然,女の数だけ意見があり,両立できぬわがままも出てくる。


夜会のエスコート程度なら良いが,世継ぎの話になると国政に関わる重大事だ。


第1側室のジャネットとその後ろ盾であるデルセン伯爵の一派が大きな顔をしているのは,単に,第1・2王子を産み年功順でいえば王太子たりえる子の母であるからが大きい。

内定も決定もしていないと言うのに,それを傘に大きく振る舞うことに不満な貴族も多い。


矛盾しそうだが,こと女には甘い国王も政に関しては一切手は抜かない。

それによって,国王の女性問題による内乱に発展しない代わりに片付けもできないのが目下の我が国の問題だ。


統治者としては申し分ない才能を持つ代わりに,好色であることを女神により宿命つけられている男なのだ…。


『それ際なければ,良い人』はそれによって最低最悪になり得るが…

私がする国王への評価が,下がり切らないのは竹馬の友ゆえの甘い評定か,かつて若造だった時の恩で評価が手ぬるくなってしまうからか…。

もう返しきっていると考えながらも,かつて一生の恩に切ろうと感じ入ってしまった青年時代の名残だな,これは。


まだまだアレでもないコレでもない,と悩むだろう。諦めて私も書類束を投げ捨て茶を淹れ休憩することにしよう。

アイツだけ遊んでいて,自分だけが必死に案件と向き合っているのもいい加減バカバカしくなってきたところだ。


『やるなら腕輪にすると良い』


茶を渡す代わりにカタログをひったくり,一つの腕輪を指す。


『レオノラは金より白金か銀が合う。重みがあるのは嫌いだから,ゴテゴテとした派手なものではなく,華奢で繊細なものを好む。肌の露出も嫌うから,細い首輪は目立ちにくいし主張させるには石を大きくする必要があり重くなる。腕輪ならまぁある程度のサイズの石でも見栄えの良い細工のものもあるだろう。』


条件に該当する腕輪のいくつかのページの端を折りたたみ目印をつけていく。


正妃であるレオノラとも幼馴染になる。私がヘンリエッタを選び婚約したいと望んだ10代のあの日,彼女が王太子妃になることが決まった。

そのことを,第1側室は『残り物で押し付けられた正妃』と揶揄やゆするが…知らぬくせに何を言う。

10歳の王城のお茶会で一目見たときから,私はヘンリエッタを妻に迎えると心に誓ったのだ。

学園卒業までは公式な婚約をしていなかっただけで,彼女とは相思相愛だった。

卒業後,改めて正式に婚約者を決める,とした時に,一応の建前で候補者を並べたに過ぎない。

その中に家の爵位的にレオノラも候補に上がっただけだし,そんな女性は他にもいた。


ただ,次期公爵夫人の候補は幾人かいても,王太子妃の候補がヘンリエッタかレオノラしかおらず,私たちの関係を知っていたアーチが一歩引いていてくれただけだ。


私とアーチが幼馴染なら,レオノラとヘンリエッタも親友だ。


女人どころか他者禁制で許されたものしか入れない,直系王族のみに許された後宮に入れる特別に許可された親友にだけこぼす愚痴。


『あの女が自慢げに見せつけた耳飾りで延びた耳の間抜けで下品なこと』


別段,レオノラとて耳飾りが嫌いなわけではない。ただ,石が大きく豪華であるほど高価で国王からの寵愛の証だと見せつける,そのジャネットの心根が相入れないのだ。


…まぁ,それは抜きにしても,レオノラとジャネットでは雰囲気が違うから,やはり豪奢な飾りは合わないと思うが。


アーチは女どもの心の機微には目敏いくせに,センスのたぐいは壊滅だ。


だから,レオノラも仕方なしに使わずに仕舞い込む…。

使って欲しければ相手のことを考えろ,と昔は言っていたが今はもう諦めた。


しかし,そろそろ本当に後継者問題を片付ける必要がある。

その話し合いを円滑にするためにも正妃であるレオノラの機嫌をとっておく必要性から,久しぶりの助言だ。


『確かに,この細い銀糸の重なった中に散らばる真珠の腕輪は,レオノラのほっそりとした腕によく似合いそうだ』


いくらか指針を示してやれば,決断は早い。無駄に何年も国王をやっていない。


だから,本当はアーチの中では世継ぎも決まっているはずだ。

ただ,公表した後の女どもの機嫌が悪くなることを恐れ,それにより自分の心の拠り所を失うことを恐れている。


第3王子エヴァンが一番,アーチの弱い心に似てしまった。


第1王子オリゲルドの様にいっそ愚かなほどの真っ直ぐな強さがあれば,

第2王子ベイルードの様な先見の明と狡猾さがあれば…


その上で,この心の弱さからくる優しさが備わっているのなら…アーチも迷わず決められただろう。

世界中で一番,信頼し尊敬している女性との子供なのだ。


彼の中の国王としてのが,第3王子エヴァンを王太子にするに決めきれない足りないを感じ取り,決めあぐねているのだろう…。


第3王子の成長のきっかけが…誰かや何かが,早く見つかることを願うばかりだ。


しみじみと物思いに耽る間に,『他の側室に贈るものも決めて欲しい』とドレスや調度品のカタログまで引っ張り出してきたアーチの頭にゲンコツを落とし,カタログを没収してペンを握らせる。


帰ったら,ヘンリエッタに『今日の国王陛下』として愚痴り,そのままレオノラに流れるようにしよう。そして,思い切り叱られてしまえ!!


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