28


3歳で謎の流行り病により生死の境を彷徨さまよい,

高熱でうなされ見た夢で前世を思い出したのだと思ってたけれど…


もしかしたら,その時にアラフォーがしたのかもしれない。


何せ,ベイルードの話では『リリーシアはそこで死んでいる』はずで

公爵家は息子1人だけな上に,徐々に勢いを無くし,政治の中枢から遠ざかっていったと言うのだから。


しかし,このループでは生きているわたしに不信感があり

それとなく探ってはいたが,学園入学前はずっと公爵邸に引っ込んだままで

ろくな情報も集まらなかった…と。


公爵家も宰相のままで,今までのループではそろそろ王城での職を辞し

領地に引っ込んで以降は,特に話題にも登らないらしい。


おぉう…あの公爵の娘LOVEはそれ程だったのか…。


確かに幼くして娘を亡くすって言うのは,親なら辛い出来事ではあるが

まだ息子もいるし,国王の親友であり右腕としてはそれで良いのか??

強く引き止めるのもはばかられるほど,しょぼくれたってことか。

娘としては,そこまで愛されて嬉しい反面,なんかガッカリもしちゃうよ。父よ。


とにかく,この『亡くなっているはずなのに生きている』があり得ないのだろう。

そう確信が持てるほど,過去のループでは確定死していた公爵令嬢。


もし,このループがヒロインが不在なせいで世界が崩壊するのを防ぐために

何らかの力によって,ヒロインの重要性を知るわたしが転生or憑依したのだとして


そもそも,あなた達のループ自体が正史ではないから繰り返していた,と言われ

彼らはどう思うだろうか。無意味な人生を繰り返していたと納得…しないよな。


うん,その辺はあえて言わなくても良い気がする。

要らぬ火種はこれ以上は撒いてはいけない。



長い長い熟考を,ベイルードもダスティンも黙って待っていた。

夏の長い日差しもすでに陰り,灯を入れないと部屋も薄暗くなる時間。

本来ならとっくに帰宅しているはずの時間なのに,まだ帰らないと知れば

公爵はまた大騒ぎになりそうだ。


その大騒ぎの内容が『娘の帰りが遅い』であって

『娘の死体が見つかった』にならないことを祈ろう。


意を決し,深く息を吸い込み真正面からベイルードと向き合う。


青白い肌に目の下のクマ。肌も荒れている。

髪にはツヤがあるが,ここまで病んでいる人間の髪ではあり得ない。

おそらく,髪にツヤを出すために多めにヘアオイルを塗っているのだろう。

このヤツれ具合で髪までパサパサだと,病弱扱いで強制寝たきりにされるからだ。


精神衰弱で体に支障が出るほど病んでいるなんてバレたら,

王族としては汚点以外の何者とも扱われなくなる。


正直,王族って世知辛い。


濁ったような輝きのない瞳は殺意もあれば

縋るような,縋りたいような希望ものぞいている…気がする。


それをしっかり見つめ返しながら,わたしは口を開く。




「わたしが3歳で病で死にかけた時,女神さまの声を聞きました」


ベイルードの眉がピクリと反応する。

死に戻りなんて超常の現象を起こす存在に,彼は女神を想定していたのだろう。


「本当は違うかも知れない,と今の今まで思っていました。ですが,本来なら死ぬはずのわたしが生きているとおっしゃられる以上,本当にあのお声は女神さまで,何かしらの目的があり,わたしを生かし導いてくれたのだと…今は思います。」


せいぜい,敬虔で清らかな乙女に映るよう,胸の前で手を組み女神への祈りの言葉を口にする。


「『助けたいと思った者を助けよ』」


「そう聞こえた気がしてわたしは意識を取り戻したのです」


最初は何のことか分からなかったが,何となく生かされた理由だと思って

人助けをしたりもしたが,『彼,彼女ではない』と思うばかりで,次第に人に関わるのが嫌になってしまった。

善意でするはずの行為が,と言われてやっていることに思えて…嫌になってしまったのだ。


「なるほど,それで深窓の令嬢ですか。てっきり魔女か何かでバレないよう引きこもって夜な夜な生き血でもすすってるのかと思いましたよ」


それ程までに,アナタには夜が似合う,とサラリと人を化け物呼ばわりしやがったこの王子。

同じような例えで『夜を統べる女王のようだ』とリュカスが言ってくれたことがあったが,全く違う気持ちになる。

まぁ,うちのお姉ちゃん世界一キレイ!!って思ってる弟と,この化け物が!!と思ってる男との違いか。


話の腰を折られて憮然とした顔で睨むフリをする。

変なことを言っていると思われるのは織り込み済みだ。


「リリーシアさまの助けたいと思った方が,あの女生徒…と言うことですか??」


今まで黙り続けていたので,もしかして寝たのかと思っていたダスティンが口をひらく。

わたしは,質問に肯定の意味で頷く。


「あの方を見て,助けたい。助けねばならないと強く感じました。しかし,それまでのこともあって中々行動に移せずグズグズしている内に,彼女は死んでしまう直前でした」


今度は悲しげな顔をして後悔を滲ませる様に見せる。

反省しているふり,悔やんでるふり,申し訳ないふりは実は得意だ。

上司や理不尽な取引先相手につちかった演技力を舐めるな!!


「お前は何か知っていますか??」


「俺も基本は第3王子の護衛として行動を共にしていますから,あまりそれ以外の…特に平民の生徒のことはよく知りません。ですが,過去4回のループでは彼女を卒業まで見た記憶がありません」


ダンジョンへの探索は授業以外でも個人で行えますが,当然に危険もあります。

怪我をしたと言う話はよく聞くが,死んだと聞いた話は記憶にないので

おそらく成績不足で退学していたのでは??


「ふん…そんな,ただの女を救えと,女神が死ぬはずの令嬢を遣わせた理由はなんでしょうね??」


この質問にわたしは思わずキョトンとした顔をしてしまった。


「え…わたしの話を信じてくださるのですか??」


「なんだ,嘘なのか??」


逆に驚いたと言いたげな顔をされて,慌てて首を横に振る。

しかし,解せない。女神の託宣により〜なんて,神殿の巫女でも何でもない令嬢が言い出したのに…なぜ,もっと不審に思わない??


いや…不審に思う理由がないのか。

なぜなら,死に戻りのループをしている彼らもまた,神官でも何でもない。

片方は王族だが,神の祝福のもと正当に認められた正妃の子供ではないし

もう片方は,平民で冒険者を産みの親に持つ孤児だ。


身分貴賤に問わずに,何かをなせと使命もなく繰り返している2人にとって

死ぬはずが託宣を受け息を吹き返した令嬢の方が,使命を帯びているだけまだなのだ。


その生に理由があるから。


ましてやこの世界で唯一の宗教(と言う設定)の女神教の女神の騙る者はいない。

奇跡も降臨もなくともここまで信じられる神様を,

前世を無(節操)宗教な日本人の一員としての記憶があるわたしは,神様人気すげ〜ぐらいにしか思えない。


だから平気で騙り嘘の一端に仕えるし,だから嘘とは思われなかったのだろう。


コホン,と一つ咳払いをして話を戻す。


「なぜ彼女なのかは分かりかねます。それに助けよと言われましたが,何をどこまで…なのかも不明です。当然,いつまでなのかも。ですので,その辺りはわたしの加減でも良いものと解釈させていただいています。あまりに行き過ぎた手助けは自立を妨げ,彼女のためになりませんし…公爵家の庇護があると思い違いをされるのも,周囲に勘違いをされるのも不本意ですので」


あくまで友人として,手を貸す程度の距離感で様子を見ている。と締め括る。


とにかく目的は,わたしを殺す必要がないと思わせることと

ゲーム攻略の要であるヒロインを学園に在籍させつつ,攻略対象との好感度を上げてクリアすること。


ダスティンの話から推測するに,目立つ成績も功績もないまま退学されてる…と

それ普通にバッドエンドだから!!

『彼女のその後の行方は知れず,世界は英雄を失い滅んだ』だよ!!


結局は生きてる人間がいる世界である以上,滅びの理由も過程も様々みたいだけれど…つまりは,そういうことなのだろう。


ステータスの育成と『愛』の力による英雄の生まれ変わりとしての覚醒。

攻略対象との絆も愛も協力もなしに,それらはなし得ない。

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