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そこは茂る木々で隠されたような離宮だった。

建物だけでなく,続く道すら木々に隠されているようで

おそらく場内の中心への道の先は蛇行し,枝葉で隠され全く見えない。


こじんまりとした屋敷は,王族やそれに連なる人物の住処には見えず

修繕も最低限にかされていないのか,所々壁が崩れつたっている。


広大な王城の片隅にある隠れ家のような離宮の側には

門は馬車が辛うじて通れる大きさの通用門があり,王城の端っこなのだと思うけど

広大な敷地の王城のどの位置なのかは分からない。


もう森だな…森に隠された離宮だ。


それでも,王城の敷地に通じるのに違いはないはずなのに

その通用門には,常駐の門番すらもいないように見える。


荒れ放題の庭に見えて,花壇に生えているのは薬草の類だし

石畳は隙間もなく,雑草すら生えていない。


廃墟や古い洋館好きが見たら,喜びそうな外観のこじんまりとした屋敷が

どうやら第2王子が入学の祝いに国王陛下らたまわった離宮らしい。


王子・皇女として認められた王の子は

学園の入学を機に,独り立ちの証として離宮を賜る慣わしだ。


ベイルードは第2王子だ。

それも,正妃が目しているのを良いことに後宮内で牽制を誇る

第1側室の息子である。

もっと人も物も欲しいままにしていると思っていたけれど…。


廃墟マニア向けの洋館在住の王子様…か。


ゲーム開始当初のホーンデットマンション住みのヒロインとタメ張れるな。

そもそもヒロインは努力の結果,居住環境はかなり改善している。

それと比べると,こちらこそがリアルホーンデットマンションかもしれない。


第2王子の帰城だというのに,出迎えの人間もなく

王子自らが扉を開け,玄関横にある外套掛けに上着を掛けている。


王族どころか,貴族の習慣としてもあり得ない。

お金持ちの平民の家でも,家人かじんがおり出迎えも身の回りの世話もするのに

これでは,家人を雇うほどではない,そこそこの小金持ちの生活だ。

一般市民に毛が生えたくらいの生活だ!!王族なのに!!第2王子なのに!!


玄関ホールで戸惑い立ち止まっていると,後ろから小突かれる。

振り返ると第3王子の護衛騎士で,実はスパイのダスティンが立っていた。


突然の登場に驚いていると,意地の悪そうにニヤリと口の端を歪めて笑う。


「王子を馬車から蹴り落とそうとする令嬢なんて,アナタくらいでしょうね」


御者席からハラハラしながら見ていましたよ,と付け加えながら

自然な動きで手を取られ,流れるようにエスコートされ

どんどん先に行ってしまったベイルードのいる応接間に案内される。


セリフも表情も嫌みたらしいのに,動きに無駄がなく洗練されている。

いや,され過ぎている。

伯爵家の養子になり貴族教育が始まった年齢を逆算しても

ここまで板につくのは,相当な期間が必要なはずだ。


ゲーム内でのダスティンは,まさにそんな感じの,

貴族とはいえ慣れないエスコートに照れながら腕を差し出す1枚絵スチルがあったはず。


王族が住まうに小さいが,十分に『屋敷』と言えるくらいには広いこの家屋には

本当に,わたしとベイルードとダスティンの3人しか居ないようだ。


閑散とした空気と声が響いているような錯覚におおわれながら

王子さまが手ずかられたお茶が出される。


応接セットの大きなテーブルに置かれた3つのティーカップ。

2人はさっさと長椅子に並んで座ってしまったので,

必然,対面にある個人用のソファに座ることになってしまった。


いや,だからって,どっちかと並んで座りたくはなかったけれど!!


圧迫面接のような空気を感じて胃が痛くなる。


思えば,今世は公爵令嬢として大事に育てられているので,

ストレスの類とは無縁だった。


姉弟間でのいさかいも,大人からの理不尽な叱責しっせきも,子供だからと侮られることも。


ブラック勤務によって精神は嫌な方向に鍛えられた中身アラフォーだが

この身体自体は,蝶よ花よと育まれた純然たるお嬢様ボディだ。


そのボディが感じる初めての胃痛を悟られたくなくて,

せいぜい傲岸にツンと澄ましてソファに座る。

お茶は飲まないつもりなので,目線もくれずに対面に座る2人を挑むように睨む。


「突然の意に沿わぬご招待ですので,ご挨拶は省略させていただきます」

「一体,何の御用でしょうか??」


受けてたつとの意思表示と,先手を取って主導権を握るため

あえて,わたしから先に問いかける。


「私の問いは変わりませんよ。『お前は誰だ』」


ヒロインにも敬語で丁寧に接する第2王子は,隠しキャラの特殊ルートだった。


何も知らずにプレイしている時は,

腹違いと義弟おとうととして第3王子に接する学園内のお兄ちゃんポジだ。

何くれとなくヒロインへも気遣いをしてくれる親切なお助けキャラ。


しかし,彼自身のルートで発覚する本性は

敬語や丁寧に接するのはただの処世術と切り捨てる,傲岸不遜で腹黒な策士だ。


この敬語の取れる瞬間に瞳孔開いた開眼の1枚絵スチルを見て

落ちるか引くかのどっちか,と賛否が分かれるキャラだった。


それを踏まえて目の前のこの男。現在の化けの皮は半分といったところ。

糸目のニヤケ面で敬語は継続しているけれど,まとう空気が凶悪そのものだ。


昨日さくじつ,真正面から受ける羽目になった横に座っている騎士の殺気ほどではないが

それでも並のご令嬢なら青褪め震えて泣くか,気絶くらいはしていそうだ。


胃痛は相変わらずだけど,この程度の精神的圧迫なら前世で経験済み。

ここから大声で恫喝されても口笛吹いてトボケられる自信がある。


ただ,やっぱり強すぎる殺気は慣れない。

そっち方面では,比較的平和で安全だった日本在住だったから仕方ない。


それにしても『お前は誰か』か…。


何となくだけど,何かしらの確信があった上での問いかけのようだけど…

その確信が何から来ているのかを知らなければ,答えようがない。


この王子さまも転生した知識持ちの現代人で,

ゲームではヒロインに関わらない令嬢が好感度稼いでるから不審に思って拉致…

なら,正直に話して協力関係になれるんだけどな〜

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