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第3王子の護衛騎士が第2王子派のバーモード伯爵の養子と聞き不思議に思った。


第2王子と第1王子は同腹の王子で,腰巾着とも太鼓持ちとも言われている。


それなのに,派閥的には目の上のこぶであるはずの第3王子の護衛の世話なんて…。


絶対に裏や思惑がある!

明らかなスパイか,能無しを押し付けて勢力の弱体化を計ってるんだ!!


平和に見えて,その実しっかりある泥沼の後継者問題に

その国に住み,支配者層と言われる貴族家の娘でもあるけれど

どこか見世物を見ている気分で邪推をしたりもしたけれど…。


事実は結構あっさりしていて『能力はあるが平民出身』だったからだ。


正妃の長子である第3王子だが,後継者問題に陛下が言及していないのを良いことに

第1側室のジャネット様がこうして地味ながら大きな嫌がらせをするのは

社交界では周知の事実だ。


第3王子の側近選出の時も,第3王子であるのだからと言う理由で

第1,2王子についた側近よりも低い爵位から選出するように,と横槍を入れ

護衛騎士の選出でも同じことをしたのだろう。


伯爵が平民出身者をわざわざ養子にしたその小細工には呆れるが,

スパイとしていつか使うのも良いし,

そのまま気に入られればバーモード伯爵家としては構わない。

そんな感じの,どう転んでも使える駒だったのだろう。


実子でないから,切る時も後腐れないとか考えていそうだ…。


そう思って,いつかくるかもしれない『いつか』を想像し

泥沼の渦中になるだろう第3王子や騎士の人を思って同情したりしていた。


まさか,それが乙女ゲームのキャラ設定の裏側で

隠しキャラのなんて思わなかったけれどね!!



兎にも角にも,問題は目の前の第2王子さまだ。


名前は『ベイルード・ウィースラー』


前世知識のゲームでの設定としては,

実はスパイな護衛騎士の攻略後に解禁される隠しキャラで

糸目が特徴的な典型的な腹黒俺さま?ドS?系キャラだ。


シナリオは…例の如く不明。

ただ,1枚絵などのいわゆるキメ顔のことごとくが怖かった。


糸目の開眼シーンってさ,だいたいが怒ってるか興奮してるかな訳で。

テンション高くて瞳孔開いたイラストが多かったせいだと思う。


メインヒーローの第3王子が,

誠実を絵に描いたようなキラキラ系の王子だったのに比べ,

俺さま?系と言うか,王族らしく傲慢で上から目線が多かった記憶がある。


『吊り橋効果でドキドキして恋愛と混同してるだけだ!!』

『目を覚ませ!!その男はアナタを愛してなんかいない!!』

って,プレイ中に何回ツッコミを入れたか覚えていない。


まぁ…数ある乙女ゲームのおかげで,その後にはしっかり調教…訓練…成長!!

成長したおかげで,ツンデレもオレ様もドSも楽しめるようになりましたけどね。

本当…相変わらず,わたしの記憶はそんな事ばかり思い出す。



しかし,今,目の前にいる第2王子はゲームプレイ時よりもすさんで見える。

すさんでると言うより,んでいる??

持病持ちなどの『病弱設定』は無かったはずだ。

なのに,顔色は夕暮れに照らされているのに青白く,

目の下のクマが隠しきれていない。


開眼状態でもないのに,笑っているはずなのに

殺気のような怒気のような…威圧されるような空気が漂っている。


これは,今世の貴族令嬢としての知識になるけれど

第2王子は,人当たりもよく世渡り上手の口上手。

いつもヘラりと笑って場をなごませ,第1王子すらもなだめる…と聞いている。


全く,そんな感じがしませんが!?



思わぬ第2王子の登場に狼狽うろたえつつも,令嬢らしく礼儀正しく頭を下げる。

背後の扉の前には,案内をしてきた護衛騎士が立ちふさがり

必然,わたしが出来ることは第2王子に相対あいたいすることだけだ。


第3王子ならば同じクラスだし,何かの用でもあるのだろう…と思っていたけれど

第2王子の呼び出しは,本当に意味がわからない。


まだこの世界が『何』なのかも分からない頃,

乙女ゲームだろとマンガだろうとラノベだろうと!!

王族や高位貴族は攻略キャラやメインヒーローになりえそう,と考え

徹底的に距離をとってきた。


リュカスのように,どうしようもない程近い場合は,嫌われないように

距離をとった人たちとは当たり障りなく,モブとして印象にも残らないように。


同じ歳になる第3王子は当然,他の王子や王女たちとも親しくはならなかった。


幸いなことに,公爵が娘を溺愛していると噂され

実際にもその通りだったおかげで『深窓の令嬢』として

保護者が許可した引き篭もりが赦されたのが大きい。


それなのに,突然の,それも虎の子のはずのスパイを使ってまで

わたしを呼び出した真意が分からない。


ゲームの時とは雰囲気が違うこともあって,緊張感が膨れ上がるが

王族相手にいつまでも突っ立ってはいられない。


声が震えないように必死に挨拶の口上を述べようとした瞬間,

いきなり髪をつかんで,下げた頭を上げさせられ,目線をあわされる。


掴まれた髪…と言うか,頭皮と首が痛くて令嬢にあるまじき声が漏れた。


あまりの直接的な暴力に咄嗟には何も反応できず

パニックと恐怖と痛みで自然と涙が滲み,ぼやけた視界の向こうで

瞳孔開きっぱ王子がじっとりと至近距離で見つめている。


『お前は誰だ』


疑っているのではなく,確信めいた声色で問うその言葉は,

かつて,この世界で『わたし』が目覚めたあの時に

父たる公爵からされるはずだったものだ。


まさか,10数年越しに,赤の他人でほぼ初対面の男からされるのは想定外。


乙女ゲームの世界ではあるけれど, 同時に現実に生きている世界でもあるので

残念ながら,攻略のヒントにもなりえる選択肢などは現れてはくれない。


ただ,唯一わかるのは

ここで答えを間違えたらはバッドエンドということだった。


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