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第3王子やその側近とは,王城でのお茶会以降も何度か催しで顔を合わせ

挨拶したり雑談をしたこともある。


しかし,この騎士だけは学園に入学して初めて顔を見た人物だ。


貴族の出身ではないので王城のお茶会には出席しておらず

出身は平民…確か,冒険者の子供だと聞いている。


とある任務中に両親が亡くなり,孤児として育つが

才能を見出みいだされバーモード伯爵の養子になったと聞いている。


ちなみにコレらは公爵令嬢として入手した情報だ。

入学するにあたり,王子やその周辺とおもだった貴族の子供のことは

公爵令嬢として当然に頭に入れておく情報だったからだ。


ちなみに,前世情報で覚えてるのは『護衛騎士でクール天然』程度。


何かしら裏があった気がするけれど乙女ゲームの攻略キャラなんて大概,

裏も表もあるし,親しくならなきゃ見えない面くらいある。


彼のシナリオも全エンディング一通り観たはずなのに,

その裏面も『実は◯◯だった!!』的なのも思い出せないのは…いつもの事だ。



先を行く背中をぼんやり眺めながら歩いていると,

フッと疑問が湧いてきた。天の啓示とも言っても良い。


…なんであんな場所にいたの??


ヒロインの寮があるあたりは学園の端っこで,

1年生はおろか,大半の生徒には用の無い場所のはず…。


王子がわたしを探していたからって,こんな外れにまで探しにくる??

もっと校舎周りや馬車乗り場,居てもおかしく無い場所を重点的に探さない??


仮にも公爵家の令嬢が

平民で評判もあまりよろしくない人間の住居にまでお邪魔し,

決して短くない時間を一緒に過ごしている。


この世界に生まれ育った人間なら,普通はその発想はしない。


例えば,懇意こんいになろうと思う人間がいたとして

その相手の身分が自分よりも低い場合,

ましてや平民ならば,貴族は尋ねるよりも呼び出すのが普通だ。


護衛騎士の彼が,冒険者の息子で孤児で,つい最近になって養子になり

貴族文化にうとかったとしても…いや,だからこそ!!

『貴族は呼びつけるもの』と,骨身ほねみに染みているはずだ。


それなの彼は,探し回ってやっと見つけた,という風でもなく

なんでこんな所にいるのか,を問う顔でもなく普通に声をかけてきた。


まるで,あの寮にいるのを知っていて,出てくるのを待っていたように。



1つ不安なことが出ると,途端に全部が怖くなってくるのは何故だろう。


何も語らず,黙々と歩く背中に恐怖を覚え

『王子はどこにいらっしゃるのか?』『一体,なんの御用なのでしょうか?』

と,話しかけるが返事は返ってこない。


試しに立ち止まってみれば,同じく立ち止まり

くるりと首だけで振り返ると,無言でじぃっとみてくる。


いくら王子のお呼びとはいえ,この騎士はあくまでその使い。

身分爵位も公爵家よりも低い。


身分の下のものが許可なく上のものに話しかけるのは

本来ならば無礼に当たるが

ここまで不快感をあらわにしているのに,それを無視するのも同じく無礼だ。


それなのに黙って意のままにしようとするその行動は不遜ふそんがすぎる。


整った顔に表情はなく,銀色の瞳には輝きがない。

どこまでも無機質で,人形の様にわたしをみてくる。


じわじわと這い上がってくる恐怖を誤魔化すように,

虚勢を張るように,ツンとした澄まし顔で顔を逸らす。


あれ以上睨み合っていたら泣きそうだ…。イケメンの真顔,怖いです。


普段は優等生令嬢だけど,今だけは高慢な令嬢に見えるよう

祈るような気持ちで,窓の外の風に揺れる枝葉を見ていると

視界の…意識の端っこで気配が揺れた気がした。


その次の瞬間には,気配はそのまま重さと厚みを持って目の前にあり,

自分よりも上背のある,鍛えた体躯の騎士が腕をむんずと掴み

引きずるように無理矢理に歩かせ始める。


一般庶民だったアラフォーの前世時代はともかく,今世は仮にも公爵令嬢。

それも,王の右腕として辣腕らつわんを振るう宰相公爵の愛娘だ。


こんなに無遠慮に腕を掴まれ引き摺られるように歩かされるのは,今世では初だ。


ここまで来て身の危険を激しく感じ,掴む手のひらを外そうと試みるが

護衛騎士に任命される人間には,蚊ほどの抵抗にも感じないのだろう。

掴む手が緩むことも,歩みが鈍ることもなく進んでいく。


護身のためのアイテムが発動しないのは,

害意や悪意のある『攻撃』ではなく,その意思もないためだろう。


無理やり引きずり歩かされる行為のどこに,悪意がないと判断できるのか…

魔道具には小一時間ほど問いたいけれど!!


わたしの判断で発動できないのが難点だ。

今更,アイテムの使用目的上の欠陥に気がついても,もう遅い。


自動でなんとかなる,誰かがなんとかしてくれる。

今世のその状況に浸かりきって,自己防衛や『できる範囲』を

完全に見誤ってしまっていた。


こんな時の一般的な対策は助けを呼ぶことだが,

『令嬢をただ案内しているだけ』

『わがままで王子のお呼びを渋るので,手を引きエスコートしている』

と,言われてしまえば悪いのはわたしの方だ。


いくら宰相公爵の娘でも王族のお呼びを

『伝言の護衛騎士がなんか怪しいから嫌!!』と言って拒否しました,は通用しない。


何か…何か打開策は…!!??


焦ってますます思考がとっ散らかるのに,

歩調は緩まらずズンズンと人気のない校舎を進んでいく。


ヒロインの寮があるのが学園の外れなら,このあたりは校舎の外れ。

同じ外れ同士,人気もなく学内特有の喧騒も遠くかすかに聞こえるだけだ。



どうしよう,どうしよう…と目まぐるしく回る脳内は

まるで走馬灯のようだ。


一説には,過去の記憶を洗い出し,何か打開策はないか

思考する一種の防衛本能…と,何かで聞いた気がする。


だからだろうか,1つの事実に行き着いたのは…。


目的地らしい教室の扉が開かれたのとほぼ同時に思い出される

『第3王子の護衛騎士は第2王子のスパイ』と言う設定。


あぁ…なんでもっと早く思い出せないのか…

わたしの脳みそはやっぱりポンコツだ。


扉の向こう,差し込む西日に照らされ

ツヤのある赤茶の髪をさらに赤くさせて立つ男子生徒。


隠しキャラの1人…第2王子のベイルード・ウィーズラーが立っていた。


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