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わたしは今,以前よりもいくぶんか綺麗になった『寮』にお邪魔してる。


石畳は相変わらずスカスカだったけど,門扉は軋まなかったし

畑もだいぶキレイに作り直されていて,実りも豊かだ。


玄関入ってのすぐのリビングのような応接間のようなこの場所は,

おそらくは共有スペースなのだろう。

ソファとテーブルセットは,形は同じだがクロスやカバーで覆われ取り繕われ

壁紙は貼り直したり,物で隠し,カーペットやカーテンは新品になっている。


全体的にボロくて埃っぽかったのが,

『素朴で手作り感溢れる』と受け取れるギリギリにまで改善されている。


攻略相手を招くほどに仲良くなっている頃には,もっと良くなっているだろう。


前世の庶民感覚で言えば,茶器はもう揃っている以上

割れでもしない限り新調はしないだろうが,

茶葉については,これからのマナー授業や経済レベルで変更可能。


ヒロインは相変わらず,お土産として持ってきたお菓子に貪りついているけど

こうやって食べるのがクセなのかもしれない。これもマナーの教授に任せよう。


色々と何目線か分からない採点を一通りしたところで本題に入ろう。


まずは入りの話題として近況を尋ねる。

おおむね想定通りといった感じで,ブレスレットの効果で探索が楽になり

素材集めも,戦闘もゆっくり時間をかかて練習できるので順調に強くなっているし

生活にもゆとりが生まれて毎日充実している,と。


『上級制服』を着て登校した時や,調薬した薬が今までの倍の値段がついたことや

キレイにまとめたノートを提出して褒められたことなどを,嬉しそうに喋るヒロインはやっぱり可愛い。


あざとい仕草とかワザとの動作もなく,ただ自然に微笑んでいるだけなのに可愛い

これが乙女ゲームヒロインの底力…。

あんなちょっとのアドバイスでこんなに感謝してくれるんだから,

もっとしっかり関わる攻略キャラたちなんかイチコロに決まってるじゃん。


今はわたししか味わえないけど,いずれはわたし以外が噛み締めるはずだ。

いや,噛みしめてもらわないと困る。


乙女ゲームのヒロインの魅力を真正面から受け止めながら,

引き続きの軽めのジャブのつもりで,

クラスに馴染んだか,誰か親しい人はできたのかも聞いてみる。


まだそんなに親しくもないのに突っ込み過ぎとも思われそうだけど,

イジメ問題や馴染めそうか,のクラスメイトからの心配でもあると言い添えれば

不自然ではないはずだ。


あわよくば,誰が好きなのかもポロリと溢してくれれば万々歳。


ドキドキとワクワクを内心に隠しながら聞いてみたけれど,

残念ながら,あまり特定の親しい人はいないらしい。


クラスで特定の仲良し(友人)はおらず

『こうして心配したり親切にしてくれるのは,リリーシアさまだけです…』

と寂しげに言われてしまった。


あ〜可愛いのにな〜!!

でも,いくら可愛くてもこの世界が身分制度である以上は

容姿だけでは溶け込めない。


身分を弁えつつ,能力や態度で自身の有用性を示さなければ

上の身分の人間には受け入れられない。


ましてや,攻略対象の1人は王子…王族だ。


恋に落ちてからならいざ知らず,とっかかりは

『平民にしては使えそうな人材だ』と思われなければいけない。


現実でもある以上,そのくらいの打算的なきっかけでなければ

正直,秘境辺境出身の少女に王族は親しくなろうと近づきはしない。


容姿も地位も能力も財力もある女性なんて,

周囲にいくらも転がっていて,勝手に充てがわれる身分なのが王族だからだ。


そんな打算計算ありきのきっかけで近づいたのに,

こんな可愛いヒロインに『お慕いしてご迷惑と思いますが…』とか,

計算抜きで純粋に天然100%の恋心で想われちゃうから

攻略対象的には堪らなくなるんだろうな。



それにしても,親しい友人がいないのは正直,構わないけれど

恋慕の対象もいないって…


え,それヤバくない??


だって,もう期末だよ??1学期終わっちゃうよ??


ただでさえ,好感度の稼ぎにくい『悠久のうた』では

最序盤からある小さなイベントやフラグを積み重ねていかなきゃいけないのに

事情があるにしてもこれはキツい…


せめて『俺たちの戦いはこれからだ』になるノーマルエンドには至らないと

世界滅亡にまっしぐらだ。


どうしよう…どうすれば良い…??


一番簡単なのは,事情を説明し

『今からでも遅くないから王子を落としてこい』と言うことだ。


周りくどくなく,手っ取り早く,簡潔に指示をするならこれ以上はない。


絶対い不審がられるし,下手したら『頭イカれた公爵令嬢』になって

家に迷惑をかけてしまうし

今後のわたしの『平穏生活』に含まれる幸せな結婚も消える!!


冷や汗と震えを誤魔化しながら,近況を聞き終え寮を後にする。


『また明日,教室でね』と令嬢スマイルをするとき

声が上擦らなかったのは長年培った『令嬢仕草』のおがげだ。



明日からの『ヒロインの男子攻略』をどうしたものか思案しながら

馬車乗り場への道を進んでいると,王子の護衛騎士に声をかけられる。


用があると呼ばれれば,臣下(の娘)としては参じなければなるまい。

ついでに,王子たちにもヒロインのこととか聞いてみようと

軽い気持ちで応じてしまったのを,数分後のわたしは深く後悔する事となる。


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