幕間 護衛騎士 ダスティン

俺が生まれたバーモード領はダンジョンのある土地で

それによる不都合や危険もあったが,同じだけ恩恵もある土地だった。


冒険者の親を持つ子供も多く,

将来は自分も親と共にダンジョンに潜り,各地へ派遣されると漠然と思っていた。


長期任務に赴く親も多いので,冒険者組合ギルドには託児所も完備され

物心ついてからのほとんどを,そこで過ごし

孤児と変わらないような親のいない生活をしていたから


あの日,両親が息もなく冷たくなって帰宅し,

住んでいた家を引き払われて孤児となっても困りはしなかった。


漠然と,父と母と並んでダンジョンに行くと考えていた未来が消えた。

もう会えなくなった両親のことよりそっちの方が一大事だった。




それからは目標もないままに,ただの惰性と習慣で鍛錬を続け

孤児院でも,学習所でも1番の魔力量になった頃

ギルドマスターに呼ばれ,領主であるバーモード伯爵の屋敷に連れて行かれた。


両親はこの地域でも指折りの冒険者で,伯爵からも直接依頼を受けていたと聞く。


その息子の俺が将来有望そうなので,今のうちに売り込もうとするのか,と

ギルドマスターの真意を図り,それにしても気が早いと考えていた。


領地で一番偉くて,屋敷で踏ん反り帰っているはずの領主は

自分の屋敷なのに縮こまりながら,

俺と歳も違わないような少年に頭を下げていた。


濃く入れた様な赤みの強い紅茶色の髪がツヤツヤしてて,

上等な布の服に,幾重もの女神の加護と防御の魔法がかかっている。

それだけで,お金持ちだとわかるし,

領主で偉い貴族の伯爵が,頭を下げるくらいだから身分も高いのだろう。


立ち上がりも挨拶もせず,ニヤニヤとした顔で値踏みするように,

上から下から眺めてくる視線に居心地が悪いのに

肩に置かれた伯爵の手が痛いくらいに掴んできて,身動きも取れない。


少年は何か満足したのか,伯爵に2,3言葉をかけると

猫を追い払う仕草で,退出を促してきた。


訳もわからず,引っ張られるように部屋か連れ出され

『よくやった』と褒められたが,何を褒められているのか全くの謎だ。


あの短時間で何が分かったのか,何が気に入られたのか…

俺にはまるで分からなかったが,その日から生活が変わってしまったのは確かだ。


そのまま屋敷への住み込みが決定し,以降は一度も外に出れなくなった。



ギルドや孤児院のみんなとも,面倒を見てくれた爺さんやおかみさんとも

挨拶できず引き離されてしまった。


全く勝手の違う屋敷で寝起きし,家庭教師という通いの『先生』に

貴族としての知識を詰め込まれ

領主の私兵や出入りの冒険者たちから,戦う技術を文字通り叩き込まれる日々。


転がって泥だらけの埃まみれになっても,

何番目の王様が何かしたかなんて知らなくても構わなかった日常が


鍛錬以外で服を汚せば怒られて,答えを間違えると鞭で打たれる毎日に変わった。


それでも,何も考えずに詰め込まれるだけの毎日は楽だった。


何かを考え望んでも,ある日あっけなく潰える。

その虚しさを味わいたくなくて,言われるままに動いていた方が楽だった。


そんな生活が始まってどれだけ経っていたのかはわからないけれど,

大人が軒並み相手にならなくなった頃,また,ニヤケ面の少年がやってきた。


何も知らないただの平民の孤児ではなく,

伯爵預かりとなり,多少の分別を学んだ孤児の俺は

ニヤケ面の少年が第2王子であることも,

俺を使って何か考えていることも察せられた。


かつては何も言われずに追い出された部屋で,今回は命令を下された。


1年後の第3王子の学園入学を機に選出される護衛騎士に立候補し受かること。

平民のでは立候補すら許されないため,俺はバーモード伯爵の養子となること。


第2王子…ベイルードさまの思惑と,伯爵の手段のための養子縁組なのに,

伯爵の息子たちは気が気ではないらしく,急に余所余所よそよそしくなったのは笑えた。


ダンジョンを有するこの領地の後継者の必須条件は強さ。

今や,伯爵家縁の人間で俺以上に強いもの,その可能性のあるものはいない。

いずれは,伯爵家に連なる血筋の女性を嫁にし,後継者となると思ったのだろう。


俺が,第2王子のスパイとして第3王子の元に送られるのは極秘事項だから

息子たちが知らずに嫉妬心を燃やし,

後継者問題の火種となったと勘違いしても仕方ないが…


こんな重大なことも知らせてもらえずに,何が後継者か。


伯爵は…義父ちちはすでに後継を決めていた。


ベイルードさまとの2度の密談。

その両方に立ち会った腹心と娘との婚姻は,水面下で進行し

俺が護衛として学園にいる間に,片付いていることだろう。



両親が死んでから,目標もなく生き続けてきた毎日に理由ができた。

それも,ダンジョンで魔物や魔獣に対するよりも,ずっと面白そうだ。


お綺麗な澄まし顔の貴族さまたちの醜い争いの渦中に飛び込む役目は

適当に武器を振るえば片付くダンジョンよりも,断然,面白い。

そんな楽しみを与えてくれたベイルードさまには感謝している。


この悪巧みに乗っている限りは退屈しないだろう。



これが,俺と第2王子の最初の出会いの話



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