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自己紹介で立ち上がったヒロインに対し,周囲の視線は厳しい。


何かしらを感じ取ったのか,見えないナビキャラに何か言われたのか

氏名と出身地だけですぐ座ってしまう。


すでに,今朝の『馬車渋滞』の起点となっているのは知れ渡っているので


平民出身生徒や奨学金組の生徒からは,

『貴族相手に粗相した奴の仲間と思われたくない』と,警戒心剥き出しだ。


対して貴族の方はというと,

『見てよ,あれが馬車用の門を使ったお馬鹿さんよ』

『まぁ,どこの牝馬かと思ったらただの田舎者の物知らずなのね』

と,憐れみと侮蔑で嘲笑の的だ。


別に『貴族の行手を阻んだ!!だから死刑』なんてバカな法律はないが

特権階級であり支配層でもある貴族に対し,無礼を働いた彼女は

この教室どころか学園内でのカーストは最底辺になってしまっている。


さらに,これはゲーム中には何も思わず,実際にこの世界で生き気が付くことだけど

彼女が出身地としてあげた地名もあまり良くなかった。


王国ウィースラーの端っこの森深い山は

野生の動物や魔獣が彷徨うろつくダンジョン未満の未開の地と言われている。


そんな土地出身と名乗れば,

『どんな蛮族だよ』『あぁ,だから人間のルールが理解できなかったのね』と

バカにするには打って付けの理由になってしまったのだ。


そんな未開の蛮族の地から来た無知無学のおバカさんが

どえらく可愛く可憐で愛らしい女の子だとしたら…


淡く輝くストロベリーブロンドが波打ち,瞳は深く青い宝石の煌めき。

真っ白でまろい頬がわずかに紅潮する様は愛らしく

やや垂れた眉は庇護欲をそそり,赤い唇は緊張で窄まる様まで可愛らしい!!


まさに乙女ゲームヒロインの面目躍如といった,

羨望の的になるだろう容姿だったら。


『お人形さんのように可愛らしいのに,中身は無教養のお猿さんね』と,

ここぞとばかりに,付け入り見下す理由ができてしまったのだ。


そんな嘲笑の中,サラ・テイトと名乗った彼女の前途は多難だ。



ちなみに,そんな嘲笑と非難の中わたしは違う衝撃を受けていた。


(ヒロインのデフォ名ってそんな感じだったんだ)


デフォ名…デフォルトネームと言い,主人公の名前のことを指す。

初期設定で決まっている場合が多いが,ネームレスの場合もある。


固定されている場合は珍しく,大抵は苗字は固定だが名前は変更可能で

自己投影派や好きなキャラ名がある人はよく変更する。


ただし,ゲームによってはデフォ名だと声優がちゃんと読んでくれる場合があり

変更すると『お前』『キミ』と誤魔化されるのでそのままにする人もいる。


まれに,自分が◯◯だ!!と自分投影するプレイ方針の人もいる。

乙女ゲームとは,かくも千変万化に遊べる素晴らしいコンテンツなのだ。


この『悠久のうた』は読んでくれないどころか

声優のボイス付きのイベント自体が少なかったので

わたしは当時好きだったキャラの名前に変更していた。


それ故にすっかり忘れていたヒロインのデフォ名を聞いて

『だっさ!!サラとかありきたり過ぎてツマンナイ』と

人様の名前を扱き下ろした過去を思い出した…。


当時は何とも思わなかったのに

生きて,目の前にいる人間の名前を扱き下ろしていた事実に,

今更ながらに罪悪感に苛まれている。


(十分に立派な…ハリウッド女優のような名前だよかっこいいよ…)



自己紹介も終わって,今後の授業の説明が始まりる。

嘲笑まじりのヒソヒソ話はそこで一旦終わったが,

彼女の今後とついでに自分の今後を思えば

不安にしかならない土壌が生まれてしまっている。


可憐で可愛い見た目で,田舎での物知らずさを笑われるヒロインに

貴族の子女が中心になって嘲笑あざわらう今の構図は


確かに,彼女の無知さからくる無礼が発端だが,

容姿への嫉妬が多分にも混じっているのは否めない。


そんな貴族子女のテッペンだぁ〜れ??

は〜い,公爵令嬢のわたしです!!


勘弁してくれよ!!!!


これ,いつの間にか本格的なイジメに発展して

『ゲイルバード公爵令嬢に言われてやりました』とか

罪なすりつけとかされないでしょうね??


静観し過ぎてて,気がついた時には手遅れで

濡れ衣からの断罪とかないよね??


ゲーム的にはなくても,実際生きてる世界である以上

どんなイレギュラーやバタフライエフェクトが起こるか分からない。


あんまり日和ひよってると良くないかもしれないな〜。

まさか,さっき決めたばかりの方針の見直しが速攻で来るとは思わなかった。


こう言う,日和見ひよりみで事なかれ主義で同調圧力に弱くて流されやすいところが

ブラックも沼から抜け出せなかった理由だし

後輩たちを突き離せなくて,

失踪しちゃうまで逃してあげられなかったんだよね…。


けれど,ゲームの設定云々うんぬんを抜きにしても

やっぱり立場的に思い切った行動はできない。



鐘の音が鳴り,本日の授業の終わりが告げられる。

本格的な授業は明日からなので,今日は早い時間で解散だ。


早速,学園の図書館に行こうとする者,

開放感から遊びに行こうと誘う者と様々で

わたしも公爵家ゆかりでよくお茶会に誘われる令嬢から

ランチでも,と声をかけられた。


そんな視界の端で,ヒロインがそそくさと出ていくのが見える。


気がついたのはわたし以外にもいたのか,途端に彼女たちの囀りは大きくなる。


内容は,ほとんど言いがかりに近い。

確かに今朝の『馬車渋滞』は彼女が原因だが,発端は学園側の案内不足だし

田舎から出てきたからなんだと言うのだ。

スカート丈の短い制服だって,この学園の規定制服の1つであり正式なものだ。

自分勝手に改造してるわけでもなく,とがめられる理由はない。


膝を曲げる貴族式の礼の仕方でないのは,身分層が違えば習慣が違うからだ。

現に,他の奨学金組の生徒も頭を下げる礼の仕方だった。


いずれ受けるマナーの授業でその辺りも勉強するし

その頃にはお金持ち平民用のスカート丈の長い制服も買えるだけ

ダンジョンで稼げるようになっているだろう。


今彼女たちがあげつらう事柄の全てに反論の余地があり

一方的に言われる筋合いのないことばかり。


全部に言い返したい!!


しかし,初対面の一平民に対しあまり肩入れするのも良くない。


彼女たちにならうのは言語道断だけど,反対するにしても適当な理由もなく

ただ『あまりそんな風に言っては気の毒よ』と言うしかなかった。


どうかこのセリフが,そのままの意味で伝わりますように!!

(嫌味)で受け取られていませんように!!


わたしは祈るように教室を後にした。


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