王都には中心になる施設が3つあり,

王城と魔法研究所と,春から私が通う『学園』だ。


主に,貴族の子供たちや平民でもお金持ちの家,豪商豪農,学者の子供。

そして,推薦を受けて奨学金で通う子などが通っている。


王城と同じく,魔法研究所も『学園』も一つの町と言えるだけの規模で

王都は首都で城下町というだけでなく,この2つの巨大施設によっても

経済的に産業的に支えられている。



『学園』は16歳になる歳の子供から入学でき,

貴賤きせん問わずそろいのデザインの制服に身を包み,机を並べて学ぶ場だ。


『全ての子供たちに学ぶ権利があり未来があり,国の宝である』を掲げているが

生徒のほとんどが貴族なのは,所属する身分によって,求められる知識が違い

必要とされる教養が違うためだ。


平民の子供たちは各地域ごとにある学習所で,

最低限の教養と魔術についてを学び,卒業後はそのまま働き出す。


平民の子供が,平民の社会で生きるにはそれで十分だからだ。


ただ,豪商豪農や学者の家の子供は,『学園』に入学するし,

魔力量が多かったり独自に鍛錬し増幅させた子や,学力優秀な子などは

推薦を受けたり試験で合格して,奨学金で通ったりするけれど

生徒数の全体からは少数だ。


制服も基本型は同じものだが,

貴族の子供が着るものは素材から上質だし,女子のスカート丈は膝丈より長い。


次が,同じデザインだが素材が少し劣る為に,やや値段は低めの

平民でもお金のある生徒向けので,最後が,奨学金で通う平民向けの制服。

丈夫さが売りのさらに安価な素材で,スカートも膝丈になっている。

理由は布代の節約。


平民の着る制服の素材は,貴族にとっては『服の素材』ではないし

貴族の制服は,平民にとってはとんでもないお値段で日常着ではない。



この制服を着るのは,試着と仮縫い,今日の身支度で3回目だが

なんとなく,どこかで見た記憶がずっとあった。


この既視感が,

この世界であるゲームの舞台が『学園』である可能性を高める根拠でもあるけど

今ひとつ決定的な何かを思い出せない。


これは,やはりわたしが主人公やそれに準じるキャラではないからか??


それとも,この既視感が自分が学生時代に着ていた記憶なだけな可能性もある。


制服なんて多少のデザインの差はあれど,雰囲気は似たようなものだから

混同しているだけなのかな??


何かが分かりそうで分からない,モヤモヤとしてハッキリしない頭で

馬車に乗り込み『学園』に向かう。



このモヤモヤ既視感の正体を解明すべくわたしは集中しようと目を閉じるが,

どうやらそのまま眠ってしまったらしい。


音をたてやや乱暴に止まった馬車の衝撃で目が覚めて,

何事が起こっているのかと不審に思い外を見てみると

校門の前でいくつかの馬車が立ち往生しているのが見えた。


貴族にとって爵位は何より優先されるので,同時に到着したとしたら爵位で譲る。

そのために,貴族の乗る馬車は分かりやすい場所に必ず家紋を入れている。


そうではない理由で玉突き状態になっているのか,

先頭の馬車の御者が怒鳴っているのがかすかに聞こえ

やがて解決したのか,徐々に前方の馬車から進み始めた。


どうやら大荷物を抱えた『平民の制服を着た少女』が

門の前を占領し通行をさまたげていたらしい。


門周辺に多くの馬車が固まって停止してしまっていたので

公爵家の馬車なのに優先できそうもない,と申し訳なさそうい言う御者に

トラブルは仕方ないと返して,自分の馬車が進み始めるのを待つ。


自分の止まった位置からはくだんの少女は見えなかったが,

馬車が進み出したので横にどかしたか,案内されたのかと思ったが


馬車が門を潜るときにチラリと見えた門扉もんぴの横に

まだ所在なさげに立ち尽くしているではないか!?


膝丈の制服を着た,ストロベリーブロンドの少女。

波打つ髪がふわふわと風に揺れ,宝石のような深い青い瞳が

目の前を通り過ぎる馬車たちを見送っている。


宝石のように輝く印象的な瞳と窓ガラス越しにすれ違い…瞬間!!

わたしの脳裏のうりに様々なシーンが流れる。


それは彼女を主人公にした物語の始まり。


深い森の中で暮らす,両親と少女。

幼い衝動のまま魔力が暴れ,幾度も森を破壊する日々。

両親に教えられ必死に制御を覚えた頃

魔力の波動の強さを感知した魔術師の推薦で

王都の『学園』に通うことになった主人公…。


少女の視点から語られるそのモノローグが終わると

少し悲しげな旋律と歌が1枚絵と共に流れ出す。


最後にタイトルロゴの『悠久のうた』が浮かび上がり


そして,先程のシーン。


『ピンク髪の少女が桜吹雪の中,校舎を見上げる』という

ゲームのプロローグが始まるのだ。



…やっと,この世界の『舞台』を思い出した!!


ここは,かつて一世を風靡ふうび…は特にせず,

イラストは美麗で声優は豪華だけど内容は薄かったね,と評価され

乙女ゲーム乱立期に雨後うごたけのこの如く生まれた乙女ゲームの1つ。


神の加護を持つ英雄が作った王国,ウィースラー。

その王都にある『王立エリエンテイル学園』を舞台に,

ヒロインとメイン攻略3人,隠しキャラ2人の攻略対象が出てくる

RPGロールプレイングと乙女ゲームを中途半端に混ぜたゲームだった。


中古ゲーム屋さんで手当たり次第に買った中にあって

テキストを読むだけのADVアドベンチャーゲームではない部分,


『RPG要素を入れながらのマルチエンディング乙女ゲーム』

『壮大な物語がつむぐ,第2の創世神話!!』


などの,パッケージ裏の煽り文句にかなり期待してプレイを開始したゲームだ。



冒頭で主人公がモノローグと共に見上げる,まるでお城のような校舎と桜吹雪が


今!!まさに繰り広げられている横を,わたしは今,通り過ぎたのだ。



3歳で中身(アラフォー)が目覚めてからと言うもの


ようやく,この小骨が喉に刺さったような苦痛,わずらわしさが解消した瞬間だが

同時に新たな問題に直面した瞬間にもなってしまった。


イベント内容覚えてない!!


冒頭はなんとなく覚えてる。

攻略キャラ変えるたびに,イベントスキップもテキスト送りもない時代の

初期ゲームにありがちなシステムで,何度も見たOPオープニングだったから。


その後のざっくりとした流れも覚えてる。

ヒロインと攻略対象になんやかんやあって,相思相愛の末に世界が救われるのだ…


なんやかんやって何だ!?


各キャラ共通で起こる確定イベントは覚えているけど

そんなに重複するイベントはない…。


本当に,本当に!!僅かな確定イベントしかない。



いつまでも降りないわたしを心配し,

御者が外から声をかけてくるまで頭を抱え続けていた。


これは…詰んだかもしれない。


何せ,ヒロインの恋が成就しなければ,世界は滅ぶのだから…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る