3.Algol

 「あのさぁ、ロウ」

「はい、はいはい?」


 昨夜も散々暴れてきたのか、朝帰りの朧月は機嫌がいい。シャワーを浴びて鼻歌混じりに、半分も飲めやしないビールなんか開けている。


 「タオル洗濯してるところにシャツ、入れないでくれる? て、いったよね」

「いいじゃん、いいじゃん? 洗えばみんな落ちるんだから、さ?」

「無理。血がついてたよね」

「神経質ですね〜、アオちゃんは! はは! 大丈夫、それはオレの血だから、ビョーキとか、ないよ」

「ロウ、あのさぁ、いつもいってるんだけど、きのうもいったんだけど、」

「あ? あ、ぁ〜、あ! あした、じゃねぇな、ん? きょうの夜か、流れ星、見る日、忘れてないよな! 見にいくからな! 休暇とったからな! そのためにきのうがんばってきたんだからな! じゃ、オレは眠るわ、はは!」

「〜〜〜〜っ、」


 オレを繋ぎとめた手はいま、居場所をなくして夜の街を漂う子どもたちを掴みだすのに奮闘する日々だ。


 朧月の宣言通りはじまった同居生活ははや七年。

 タオル洗濯中に下着を放り込んでくるのには慣れたけど。お巡りさんになってこの春、念願の少年課に配属されてからついに血で汚れたシャツまで平気で放り込んでくるのには閉口する。いや、黙ってはらんないけど。


 「ツベコベうるせぇし威嚇で撃ったら本気で応戦してくるからさ? 仕方なしよ、はは!」


 学校やら児相やらご家庭やら違法風俗店やらにのり込んでは血まみれになって帰ってきて、そんないい訳ばっかりだ。少しはじぶんも大切にしてほしい。そんなことをいっても聞かないのは知っているから、


 「それ、子どもにあたったらどうするつもりなの?」

「大丈夫。ガキは安全地帯に預けてからやるから」

「殺りたかっただけだろ」

「せっかく拳銃を携帯してるのに、使わなかったら、もったいないし?」

「あのさぁ、」

「あ、あ! ほらドーナツ買ってきたから食おうぜ!」

「まさかその格好でよってきたのか! ミサキドーナツに!」

「『ハードボイルド』にいこうぜ(ド低音)っか〜! かっこいいだろ?」

「〜〜〜〜〜っ!」

 『ハードボイルド』がなんだか知らないくせに、上司に押しつけられた古い小説の表紙を真似てキメ顔をつくってくるのが無性に腹立たしくて、

 「とりあえず、シャワー浴びてきてよ。それで部屋歩いたら死刑だから」

「はい、はいはい!」

 まぁ、誇らしくも、あるんだけど。


 だけど、


 威嚇発砲も銃撃戦も血まみれになることも、きっと彼には二輪免許取り立てでタンデム走行しちゃう程度のことなんだろう。


 「大丈夫、事故らなきゃ!」


 『大丈夫、事故なんだから!』


 同じ調子で、だれかのために人ひとり殺すなんていとわない。


 大人になって親友のそんな誇らしいところもそろそろ、心配なところに変わりつつは、あった。

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