第95話

「よ~し、いいぞ。今のゴールで後半に弾みがついた。前半を終わって1対2ならまだ逆転は可能だ。」

ハーフタイムでベンチに集まってきた選手達に、監督の富田が声をかけた。

和人達1年生は選手に飲み物を渡したり、足をマッサージしたりと忙しく動き回っている。。

「最後のパスの連携は、なかなか良かったな。」

英に足をマッサージされながら、キャプテンの田中が隣に座って汗を拭いている矢島に言った。

「確かに、あの連携は気持ちよかったですね。藤学のディフェンスをおちょくった感じで。後半はああいうのを増やしたらどうっすか?」

「そうだな、ショートパスでかく乱するか。」

負けているとはいえ、前半終了間際に1点を返したことでチームの雰囲気はいい。

次の1点が西城に入れば番狂わせの可能性も出てくる。

「お前はこのゲームをベンチで見ていてどう思う?」

仰向けに倒れている田中が、右足をマッサージしている英に尋ねた。

「え?あ、はい。いいようにやられています。まだ1点差っていうのが不思議なくらいに。」

「はっきり言うな~。でも事実か。じゃあ、お前だったらどうする?」

「そうですね、とにかく杉内へのマークを厳しくします。そこをどうにかしない限り流れは変わりません。」

「なるほど。で、攻撃は?」

「もっとパワープレーをしてもいいんじゃないでしょうか。パスをつないで前線までたどり着くのは、藤学相手には厳しいと思います。大岩さんはセンタリングが正確だから思い切ってオーバーラップしてみるのも面白いかも。」

「田中さん。」

矢島が二人の会話に入ってきた。

「今の話、試してみる価値あるかもしんないっすね。」

田中が無言でうなずく。

「よし、監督に相談してみる。」

そう言うと田中は、ベンチでフォーメーションを確認している監督の隣に座り話し始めた。

ほどなくして、ハーフタイムが終わり後半が始まった。

西城は英の提案どおり、敵司令塔の杉内へ常に二人か三人でプレッシャーをかける作戦に出た。

だが、杉内の身体能力は並外れておりマークをかいくぐるってはパスを受け、またパスを出す。

それでも、前半よりはかなり敵の攻撃の芽を摘めるようになってきた。

そして西城はパワープレーで長身のセンターフォワードの田中を起点にパスがつながり、決定的とはいかないまでも、シュートチャンスの場面ができ始めた。

しかし地力に勝る藤村学園は攻撃パターンを変えながら西城ゴールに何度も迫ってくる。

西城はかろうじてシュートコースをふさぎ、何とか凌いでいるという感じだ。

左サイドバックの大岩はディフェンスで手いっぱいで、オーバーラップどころではない。

しかも、敵は右(西城にとっては左)サイドからの攻撃が得意らしく、大岩は抜かれまいと懸命に走る。

そして後半25分が経過した時、西城のペナルティエリア内で大岩が藤村学園の選手のユニフォームをつかみ倒してしまった。

主審が大岩に詰め寄りレッドカードを出す。

ワ―ッという歓声が沸き起こった。

うなだれる大岩。

そしてキッカーはやはり杉内だ。

杉内は自信満々といった顔でゆっくりとボールをセットした。

ゴールキーパーの顔をのぞきながら助走して、右足を振りぬく。

その瞬間、和人の目にフラッシュのまばゆい光が飛び込んだ。

慌てて目をつむる和人。

(なんでこんな時に!)

歓声を聞きながらぼやける目を開けると、ボールはキーパーが飛んだのと逆方向の右隅、ではなくさらに枠の外に転がっていた。

信じられないような表情をしている杉内に太刀中が近寄り声をかける。

「超めずらしいですね。ミスキックなんて。」

「いや、ミスキックじゃない。ゴール右隅にイメージ通りに蹴ったんだ。それなのに・・・」

「らしくないですよ、杉内さん。ほら気を取り直してディフェンスしなきゃ。」

太刀中に促され、杉内は中盤の位置に下がったが、しばらく表情は曇ったままだった。

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