第96話

その後も藤村学園が優勢にゲームを運んだ。

雄一は何度もディフェンスの裏を突く動きをしたが、パスは来ないためボールをもらいに下がるようになった。

矢島との連携も悪い。

「やはり英が出ていないとタッキーが活きないな。」

「そうだな。でも和人、矢島さんは何度もタッキーにパスを出そうとしたんだ。でもタイミングが合わない。タッキーの間合いは独特なんだ。矢島さんがタッキーに合わせるんじゃなくて、タッキーが矢島さんに合わせなきゃ。でもあいつ、頑固だからな。」

「前から不思議だったんだ。なんで英はタッキーに合わせられるんだ。」

「そりゃあ、俺のほうが矢島さんよりもタッキーを使う場面が多かったからさ。自然に慣れただけだよ。」

「いや、最初からじゃないか。初めてパスを出した時からぴったり息が合っていた。タッキーがびっくりしたのを覚えているもの。」

「ああ、それはあれだ、和人。俺が10年に一人の天才だからだ。」

そう言うと英はもうこの話は終わりとばかりに、前かがみになりグラウンドを行き来するボールを目で追った。

(確かに英は天才だと思う。それも中学3年生の時に突然覚醒した。とても不思議だけど英がいれば本当に藤学にも勝てるんじゃないかと思う。それでいい。もう考えすぎるのはよそう。)

和人が英の顔を見ながらそう思っていると、英と目が合った。

「なんだよ、もしかして俺に惚れたか?悪いが和人、俺にそっちの気はない。」

「あはは、俺にもないよ。ん?やばいコーナーキックだ。」

二人は味方のピンチに注目した。

蹴るのは杉内。

ゴール前にはキーパーを囲むように敵と味方の選手が密集している。

その中に太刀中もいる。

杉内の助走に合わせて太刀中がニアサイドに走りこんだ。

太刀中とマークしている味方の選手がジャンプするが、ボールは太刀中の頭をこすりゴール前のぽっかりと空いたスペースに落ちた。

藤学の選手が滑り込みながらダイレクトボレー。

キーパーはほとんど動くことができず、ボールはゴール左のサイドネットに突き刺さった。

1対3、時計の針は後半43分を指している。

あと2分、ロスタイムを含めても4分程度しかない。

うなだれる西城の選手たち。

だが、

「まだ時間はある!1点返すぞ、急げ!」

キャプテン田中が叫びながらボールを抱えセンターサークルに走る。

その田中に矢島が近づく。

「田中さん、相手のキーパーが前に出ている。狙ってみませんか。」

「なにっ」

敵のゴールを確認した田中が、矢島の目を見て頷いた。

「よし、後ろの俺にパスをくれ。」

そう言うと田中はキックオフの地点からゆっくりと後ろに下がった。

ピー――ッ!

キックオフの笛と同時に矢島から田中へパス。

ザ、ザ、ザ、ボンッ!

強い助走から田中が思いっきり蹴ったボールは敵の選手の頭を超え一直線にゴールへ向かった。

敵のキーパーが慌てて下がる。

そしてジャンプ。

体を延ばして右手を突き出す。

ボンッ、バサッ!

ボールはキーパーの手をかすめワンバウンドしてゴールに突き刺さった。

敵・味方から「うおぉーーー」という歓声が沸き起こる。

抱き合う田中と矢島。

そしてここでゲームセットの笛が鳴った。

2対3。

点差はわずか1点だが、内容的には藤村学園の快勝であった。

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