第94話
「皮肉なもんだな、英。結果的には藤学戦に間に合ってるんだから。」
「まったくだ。こうなると知ってれば退場なんかにならなかったのに。」
英がため息をつく。
「それはそうと和人、さっきゆきちゃんをちらっと見かけたきがしたけど、来てんの?」
「いや、ここに来るっていう話は聞いてない。人違いじゃないのか?」
「ポニーテールに大きな眼鏡、遠目で見ただけだけど絶対にゆきちゃんだった。」
「ふうん。」
言いながら和人は周囲を見渡したが、ゆきの姿は見えなかった。
和人と英は紺屋町からバスと電車を乗り継ぎ、決勝戦がある県立総合グラウンドに来ていた。
あと15分ほどで西城と藤村学園のゲームが始まる。
「全員集合!」
監督の指示でキャプテン田中が部員を集めた。
「いよいよこの時が来たな。3年生は毎日毎日練習してきたこの3年間の集大成だ。力は相手の方が一枚も二枚も上だろう。だが、それぞれが持ち味を十分発揮すれば、必ずチャンスは巡ってくる。藤学の分厚い攻撃を耐えろ!そしてチャンスを逃すな!お前達のすべてをぶつけてこい!」
「はい!」
監督の激に全員が呼応し、レギュラーが自陣のコートへ走る。
控えの選手はベンチに座り、和人と英と徹也はベンチ後方の端に並んで立った。
「ずばり、何対何で負けると思う?」
徹也が周りに聞こえないように小さな声で隣の和人に聞いた。
「他人事みたいに言うなよ。」
「でも実力差はいかんともしがたいだろ。どうあがいたって勝てるわけないって。俺は善戦したとしても0対3だな。」と徹也。
「1対3だ。」
英が小声でぼそっと言った。
「ただし俺が出ていた場合の話しだけどな。俺が出れない今は、0対5だ。」
「うわ~厳しい!俺だってそのくらいだとは思うけど期待を込めて0対3って言ったのにさ。」
和人が二人を睨む。
「和人が怒るのはわかるけど、これは間違いないんだ。・・・だって夢で見たんだから。」
「えっ、夢?」
英がゆっくりと頷いた。
「そう、そういうこと。だから仕方ないんだ。」
和人は英の目を見つめ、グラウンドを見た。
(0対5で負ける・・・。そんなにも実力差があるのか。)
和人の口からため息が漏れた。
ゲームはやはり藤村学園のペースで進んだ。
英が前に言っていた通り、藤学の杉内は明らかに他の選手と違っていた。
藤学の攻撃はほとんどといっていいほど杉内を基点にしている。
しかしそうとわかっていても西城の選手は杉内からボールを奪うことができない。
それどころか、いいようにドリブルで抜かれたり、スルーパスを出されたりしている。
杉内からは全く気負いというものを感じられず、まるでサッカーという「遊び」を楽しんでいるかのようだった。
開始10分に杉内のスルーパスを受けた太刀中が鮮やかにゴールを決めた。
25分にも敵の田村という選手がセンタリングを頭で決めた。
対して、西城は防戦一方だった。
シュートを打ったのはまだ1本しかない。
それも田中が放ったかなり遠めのロングシュート。
「前半はこのまま0対2で終わる。後半に3点入れられるということだ。」
英がさばさばとした感じで言った。
ところが前半終了間際、矢島から田中へ、田中からまた矢島へ、そして矢島からディフェンス裏を狙っていた雄一へとボールが渡った。
すべてワンタッチの見事なパス。
雄一が豪快にゴール右隅にボールを蹴りこんだ。
ボールはキーパーの手をかすめ、ネットに突き刺さる。
ゴール!
西城イレブンが雄一を囲みはしゃいだ。
「あれ~、英君。君の夢もあんまり当てにならないな。」
徹也がにやにやしながら英の顔を覗き込む。
英は、信じられないといった顔で喜んでいるチームメイトを見ていた。
「そうか!」
英の目は空に向かっていた。
「タッキーがいるんだ。」
和人と徹也が目を見合わせ眉を寄せた。
「何当たり前のことを言っているんだ。大丈夫か英?」
和人が笑いながら英の肩をたたいた。
「俺の夢では・・・、タッキーはこのゲームに出ていなかったんだ。そう・・そうだ、面白くなってきたぞ!」
和人と徹也は、先ほどまでとは打って変わって目を輝かせている英の顔をぽかんと見ていた。
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