第61話
翌朝、和人が食堂で朝食を食べていると、おかみさんが厨房から話しかけてきた。
「安井君はごはん食べないのかしら?一人だけまだ来ていないんだけど。」
「えっ、まだ食べてないんですか?俺今日少し遅かったから、鉄平もう済ませたと思っていたんですけど。」
「もしかしてお寝坊しているのかしら?学校二日目から遅刻なんて大物になるかもしれないわね、あっはっは。」
食べ終わった和人は、おかみさんの笑い声を聞きながら食器を洗い場に持っていった。
洗い場ではおやっさんが懸命に食器を洗っている。
「よし、全部食べたな、合格!」
和人の食器に食べ残しがないのを見て、おやっさんがにこっと笑った。
和人は鉄平の部屋のドアをノックした。
「鉄平、起きてるか?」
反応がない。
もう一度ドアをノックしようとこぶしを挙げた時、勢いよくドアが開いた。
「やべっ!寝坊し、うわっ、何するんだ和人?」
鉄平の目の前に、歯を食いしばってこぶしを振り挙げている和人の姿があった。
「まあいいや、先に行っててくれ。俺速攻で飯食っていくから。」
「飯食ってる暇あるの?」
「食わなきゃ昼まで持たないんだよ、じゃあな!」
鉄平はそう言うと、パジャマのまま食堂へ走って行った。
和人は仕方なく一人で登校することにした。
鉄平のほかにも1年生は4人いたが、もう出てしまっているようで誰もいなかったからだ。
バス停に近づくと、やはり昨日の女の子がベンチに座ってこちらを見ていた。
和人が目を合わせないように通り過ぎようとした時、その女の子は立ち上がった。
「あのう。」
「えっ?」
女の子を見た和人の顔は一瞬で真っ赤になった。
「私、大浦女子高の1年で中森ゆきといいます。」
ゆきと名乗るその女の子は、いきなり自己紹介をし、じっと和人の目を見つめた。
少し微笑みながら。
大きな眼鏡の奥にある目は少し吊り上がり、活動的な感じが伝わってくる。
和人は突然のことにびっくりして目をぱちぱちと瞬いた。
(いきなり自己紹介なんて何のつもりだ。その後に続く言葉はないのかよ。)
「あのう、・・・あなたの名前は?」
「えっ?えと、橘だけど。」
名乗る理由はなかったが、和人は反射的に答えた。
「橘くん、・・・よろしくね。」
「はあ、・・・よろしく。あ、俺急いでるから、じゃあ。」
和人はいたたまれなくなって、学校の方へ歩き出した。
(いったい何だというんだ。何で話しかけてくるんだよ。どこかで会ったことがあるのか?)
和人は理由を知りたかったが、尋ねる勇気はなかった。
(それにしても、・・・昨日見たよりは少しかわいい感じがしたな。)
和人の顔の紅潮はしばらく続いた。
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