第39話

翌日の学校は、桑田の話題でもちきりだった。

和人はクラスの皆から質問攻めにあい、なかなか勉強に身が入らない。

「なあ、もう俺が知っていることは全部話したよ。いい加減に勉強しようぜ。受験は明後日なんだからさ。」

「そうは言ってもなあ、受験生にはショッキングすぎるぜ。・・・血って手首からどんなふうに流れたんだ?」

そう尋ねたのはわざわざ隣のクラスから来ていた鶴田だ。

そこへ、2年の松永が廊下を通りかかった。

「おっ、ちょうどいいところに松永が来た。俺なんかより松永の方がずっと詳しいぞ。なんて言ったってけがをする瞬間を見たんだから。」

「けがする瞬間は見てませんよ。叫び声のする方を見たら桑田の手首から血が噴き出していたんですから。」

その一言で、クラス中の視線が松永に集まった。

「松永君、それからどうなったんだ?」

案の定、鶴田が飛びつく。

「え、え~と・・・、僕は一刻も早く救急車を呼ばなくちゃと思って、携帯を持っている人を探しに外へ出たもんで、そこから先はわかりません。」

「わからない!?」

「はい、残念ながら。」

「それだけ?それじゃあ救急車に乗った和人の方が、まだましじゃないか。」

「そういうことになります。」

「なあんだ、つまんねえの。それで・・・松永君はすぐに救急車を呼べたの?」

「それが・・・、人が住んでいる家の方へ走って行ったんです。その途中で携帯を持っている人に会えばいいし、会わなければ民家の電話を借りようと思って。でも、誰にも会わないし、民家に着いた時には救急車のサイレンが聞こえてきました。」

「え?でも民家まではかなり遠いだろ?」

「10分以上全力で走りました。」

「で、自分より先に誰かが救急車を呼んだわけだ。」

「はい。」

「ぷっ!と、ごめんごめん。でもそれおもしろすぎるぞ、はっはっは。」

「・・・。」

見るに見かねて、和人が口をはさむ。

「おい笑うなよ、松永は必死に走ったんだ。桑田が死ぬかもしれないと思って。・・・悪かったな松永、もう行っていいぞ。」

「はい。でも僕、橘さんに聞きたいことがあって来たんです。」

「聞きたいこと?」

「はい。救急車を呼んだのが誰か知りませんか?」

和人は、やはりそうきたかと思いつつ無表情を装いながら「残念ながら知らないな。救急隊員の人も知らないみたいだった。おそらく携帯を持っている人が体育館の近くを通りかかったんだろう。」とあらかじめ準備していた答えを告げた。

「それが、携帯からじゃなかったんです。」

「えっ?」

「昨日救急隊員の人から僕の家に電話があったんです。楠田先生から電話番号を聞いたって言って。で、その人の話だと、その時の電話は池田さんという家からかけられたそうです。」

「池田さん?」

「僕が走って行った家です。正確には2件目の家だったんですが、1件目は留守だったんで。」

「その池田さんが救急車を呼んだと?」

「いえ、それが・・・中学生が池田さんの家にやってきて、電話を借りに来たらしいんです。」

「それってお前のことだろ?」

「だから、僕がその家に着いた時にはすでに救急車のサイレンが鳴っていたんですって。」

「わけわかんねえな。お前、桑田が怪我したとき真っ先に飛び出したんだろ?」

「そうです。」

「しかも民家までは一本道。」

「そうです。」

「足の速いお前が全力で走って抜かれるわけないしな。」

そう言うと、和人は松永の耳元に顔を寄せ「・・・わかった、お前途中で立ちションしただろ、立ちション。その時に抜かれたんだよ。」とささやいた。

「立ちションなんてしていませんよ!」

大声でそう言った瞬間、松永の顔は一瞬で赤くなってしまった。

クラス中の女子の視線が一斉に自分へ集まったからだ。

構わず和人が続ける。

「じゃあ、どういうことだ?」

「わかりません。何が何だかさっぱり・・・。」

すると、このやりとりをじっと聞いていた鶴田がニヤニヤしながら口を開いた。

「ミステリーだ!こりゃあおもしろくなってきたぞ。」

鶴田はその場を行ったり来たりしながら熱弁をふるいだした。

「俺が推測するに、その電話を借りに来たという中学生は、恐らく幽霊だな。しかもとってもやさしい幽霊だ。たぶんその幽霊は女で、第2体育館に彷徨っていたんだ。そしてサッカーをする桑田少年に恋をした。きっとそうだ、その中学生は女だったんだろ、松永君。」

「松永はもう行ったよ。」

和人がぶっきらぼうに答えた。

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