第40話

「よう英、桑田の見舞いにはいかないの?」

下駄箱で靴を履きかけている英に後ろから声をかけたのは和人だ。

「楠田の話だと桑田のやつ、ぴんぴんして歩き回っているらしいぞ。おとなしくベッドに寝ていれば見舞いのし甲斐もあるんだけど、歩いてるんじゃあ行く意味ないだろ?」

「へえ、そうなの?じゃあ俺も行くのはやめにしよう。ところで徹也はどうした。」

「ああ、風邪で学校休んでるよ。」

「風邪?受験前なのに・・・。」

「ほんとドジだよな。昨日の雨で徹也のズボンけっこう濡れてて、体操服に着替えろって言ったんだけど着替えなくて、あれで体が冷えたんだ。いっそのこと上着も濡れてりゃ着替えたかもしれないけどな。」

「そんな・・・」

「おいおい、心配すんなって。徹也の話じゃ、他の人にうつしちゃまずいから休むだけだってよ。症状は鼻水だけだそうだ。」

その言葉を聞いて、和人はほっと胸をなでおろした。


二人が校門を出て5分ほど歩いたころ、急に英が真剣な顔で話し出した。

「ところでな、昨日手術室の前で俺に聞いただろ?桑田がけがするのを知ってたんじゃないかって。」

「ん?ああ、言ったな。」

「実は確かにその通りなんだ。だけど忘れてしまってた。」

「どういうこと?」

和人がごくんとつばを飲み込む。

「驚くなよ、これは誰にも話していないことなんだ、千波にもな。」

「・・・。」

「和人、昨日見た夢を覚えてるか?」

「えっ?突然何言い出すんだよ。」

「朝起きた時は覚えていても、ほんの2、3分で忘れてしまうよな。」

「それがどうした?」

「見たんだ。二週間前だったか一月前だったかわからないけど、確かに見たんだ、受験の3日前に桑田が大怪我する夢を。」

「まさか・・・。」

「信じるか信じないかはお前の勝手だ。」

「予知夢ってやつか・・・。」

英がうなづく。

突拍子もない話だが、和人はさほど驚かなかった。

時を止めるストップウォッチの存在と、止まった時間を自分が体験しているという事実が、和人の脳から予知夢の持つ非現実性をものの見事にかき消していた。


「予知夢に最初に気づいたのは、練習試合だ。」

「練習試合?」

「ああ、西部地区対抗戦が始まる1ヶ月くらい前にやっただろ?ほら、俺のチームがお前や清水、松永たちの最強チームと戦ったじゃないか?」

「あれか。」

「あの練習試合の何日か前に、見たんだよ。コーラをお前におごる夢をさ。和人がコーラを飲んでいるときに思ったんだ、あれ、このシーンは確か夢で見たよなって。それからも何度か同じように夢が現実になることがあったんだ。」

「・・・俺のお母さんが死ぬ夢も?」

英が目をつむりながら首を縦に振った。

「正確には対抗戦の1回戦、葉山中との試合の夢だった。試合が始まる前に楠田がお前の母さんが亡くなったことを告げたんだ。そして清水が2回戦、3回戦と勝ってお前を迎えようってげきを飛ばした。」

「・・・そしてその通りになった。」

「ああ、でも夢がすべて現実になるとは限らないんだ。夢と違うことが起きたり、突拍子もない夢を見たりしてさ。だから、お前の母さんも本当に死んじゃうかどうか確信がなかった。」

「そうか。」

和人がそう言ってから、二人はしばらく無言で歩いた。


やがて前川サイクリング店の前の交差点についた。

「それで・・・」

和人が不意に声を出したため、英が少しびっくりしたようにぴくっと動いた。

「それで、明後日の受験、お前合格するのか?」

英が首を横に振った。

「わからない。受験に関しては何にも夢を見ないんだ。・・・でもはっきりと言えることがある。」

「えっ?」

「お前が間違いなく合格するってこと。」

英がにっこり笑った。

「さあ、どうだかな。」

和人も照れながらつられて笑う。


「ところで和人、明後日は何時に行く?」

「そうだな、8時45分までに受付しなきゃならないから、ちょっと早いけど7時半にここで待ち合わせっていうのはどう?」

「よし決まった。受験票だけは忘れるなよ。お前の場合、それさえ忘れなきゃ落ちることはないから。徹也には俺から連絡しとくよ。じゃあ明後日7時半な。」

「じゃあ。」

和人と別れた後、英はふと気づいた。

(あれ、和人はなんであんなにあっさりと予知夢のことを信じたんだろう。普通信じるか?信じないよな・・・。もしかしたら、母さんが死んだり桑田のことがあったりしたから、情緒不安定になってるのかな。そういえば、徹也の風邪にも過剰に反応してたしな。しばらくは和人、要注意だな。まさか、受験に失敗したりして・・・、おいおい、俺はどこまで馬鹿なんだ?他人のことを心配している場合かよ。)

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