第20話

母が死んで6日が経つ。。

今はクロベエとの散歩が和人の唯一の仕事だ。

その日一人と一匹は、いつもより遠出して景色のよい川原へ向かった。

ちょうど学校の授業が終わり、生徒たちが帰る時間だったが、その場所なら生徒たちと出会うことはまずない。


和人はクロベエのリードを外し、川原の草むらに寝転がった。

空が透き通るほど青く、気持ちの良い風が吹いていた。

クロベエは川原を走り回ったり、川へ入ったりして遊んでいる。

和人は目を閉じて、体中の力を抜いた。


何もする気が起こらない。

勉強はおろか、家にあるサッカーボールを蹴ることもなかった。

テレビをつけていても見るというより、眺めているような感じだ。

(そういえば、あの不思議なストップウォッチはどうなったんだろう。落とし主は現れたかな。もしそうだとしたらもったいないことをした。あれがあればいろんなことができたのに。なんで馬鹿正直に警察に届けたりなんかしたんだろう。)


川原についてから20分ほどした時、遠くから犬の吠える声が聞こえた。

(ん?この声は…)

和人が体を起こしその声の方を向くと、千波と太郎の姿が見えた。

すぐにクロベエが和人の方に走り寄ってきた。

千波は和人に気づくと不思議そうに首をかしげた。

「あの、サッカー部は…」

千波が和人に話しかけてきたが、太郎が例のようにけたたましく吠えるので、

「すみません。」

と謝り10メートルほど引き返して、太郎を道のそばの木につないで戻ってきた。

和人は千波が話しかけてくるとは夢にも思っていなかったので、どきどきしながらその様子を見ていた。

「すみません、臆病な犬で誰にでもすぐ吠えて困っているんです。そのワンちゃんのようにお利口になってくれるといいんですけど。」

和人に近づきながら、千波がほほ笑んだ。

左のほほに浮かんだえくぼがかわいらしい。

和人は自分の顔が真っ赤になっていることに気づき、うつむいた。

「あの、サッカー部は1回戦勝ったって聞いたんですけど、今日は練習なかったんですか。」

「えっ?」

「先輩、サッカー部辞めてないですよね。」

「ああ、辞めてはいないけど…、この前うちの母親が死んじゃったもんだから…」

千波ははっとしてすぐに謝った。

「すみません。そんなこととは知らずに…」

「いや、いいんだ、気にしないで。でも、サッカー部が1回戦勝っていたなんて知らなかったな。」

和人はなるべく目を合わせないようにしてしゃべっていた。

「松永君がクラス中に自慢していましたよ。このまま優勝しちゃうんじゃないかって。」

「へえ、松永と同じクラスなのか。でも、月野さんたちの女子バスケは…」

「はい、私が今ここにいるってことは、負けちゃったってことです。でも惜しかったんですよ、1点差なんですから。悔しくて悔しくて…。絶対に来年はリベンジしてみせます。」

こぶしを握りしめて笑うと千波は太郎の方へ歩きだした。

そして木に結わえてあったリードをほどくと散歩の続きを始め、2・3歩歩いたところで振り返った。

「サッカー部、勝ち進んでくださいね。男バスの試合と重ならなかったら応援に行きますから。」

にっこり笑って軽く会釈をすると、太郎から引っ張られるように駆け出した。

和人はしばらくその後ろ姿を見ていた。


千波の方から話しかけてきた。

それなりに会話もできた。

夢のようだった。

体が緊張してガチガチになっていた。

「クロベエ、帰ろうか。」

自分に言い聞かせるようにそう言うと、和人は大きく背伸びをした。

なんだか久しぶりに力が湧いてくるような感じがした。

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