第21話

和人が登校したのは、その次の週からだった。

1時間目が終わり休み時間になると、3年生のサッカー部員達が和人のもとにやってきた。

「驚くなよ、俺たちは和人抜きで1回戦、葉山中に3対2で勝ったんだぜ!」

「それだけじゃねえぞ、昨日の2回戦は守屋中に4対1。もちろん勝った。」

「次の試合は高浜中だ。あそこも強いチームだけどオフサイドトラップが使えればたぶん楽勝だな。」

皆が矢継ぎ早に話した後、英が口を開いた。

「待ってたぞ、和人。」

「サンキュー、でも1回戦で負けたとばかり思っていたよ、英があの時『ごめん』て言ったから。」

「ああ・・・、あの『ごめん』は何ていうか・・・その、別の『ごめん』だ。」


「何言ってるんだよ、とにかく和人、今日から練習に出れるんだろ?」

清水が割って入っると、英がほっとした顔をした。

「うん、そのつもりだけど、ちょっと運動不足だからきついだろうな。」

「なあに、もともと和人の運動量はチーム1なんだから、運動不足でちょうどみんなと同レベルってことさ。」

「そうそう、俺たちの運動量なんて、和人の7割くらいしかないんだから。」

「そう考えれば和人はバケモンだな、今日だけは普通の人間でいてくれよ。」

皆の言葉は優しかった。

(自分にはこんなに優しい仲間がいる。)

和人はとても幸せな気持ちになった。

「じゃあな和人、部活であおうぜ。」

清水が言った。

「ああ、後で。」

皆を見送りながら和人は久しぶりに笑った。


放課後の部活では、気持ちのいい汗をかくことができた。

「なあ英、もうちょっと遊ばないか。」

練習後に和人が言うと、

「へえ、めずらしいな、和人から誘うなんて。もちろんつきあうぜ。」

辺りは少し暗くなって来ていたが、二人は30分ほどリフティングや1対1をして楽しんだ。


その帰り道で和人が言った。

「お父さんがさ、とっても落ち込んでるんだ。本人はそのことを俺に悟られまいと妙に明るくふるまうんだけど、それがまた見てられなくってさ。」

「そうか、とっても仲良しだったからな和人の父さんと母さん。ところで飯はどうしてるんだ?」

「朝はトースト、夜はお父さんが料理の本買ったりして頑張って作ってるけど、失敗ばっかりだ。昼の給食がとってもありがたいよ。」

「そんな事だろうと思った。うちの母さんがさ、今度の土曜日に和人を連れて来いって言うんだ。昼飯をごちそうするってよ。」

「サンキュー、じゃあお言葉に甘えて久しぶりにお前んちに行くとするか。」

「そうしろよ。なんなら晩飯まで食っていくか?」

「いいねえ。そのまま泊まり込んだりしてな。」

二人は顔を見合せて笑った。


「でも・・・。」

和人が穏やかに切りだした。

「本当にサッカー部が勝ち抜いててくれて助かったよ。今の俺にサッカーがなかったらほとんど廃人同然だ。」

「そうさ、みんな和人が戻ってくるまで負けないって、そりゃあ気合が入りまくってたんだから。」

「・・・決めたよ。」

「何を?」

「俺、高校に行ってもサッカー部に入る。」

「ふうん、俺と同じだな。で、どこの高校に行くんだ?やっぱり修学館か?」

修学館高校は、電車で20分の場所にある県内でも有数の進学校だ。

「前はそう思っていたけど、うちのお父さんどうやら来年転勤らしいんだ。どこの学校に赴任するかわからないから、家の近くの高校を選ぶってことはできないしな。」

「だから?」

「サッカー部が強くって寮があってそこそこ頭のいい学校にしようと思っている。」

すると、英がにやっと笑った。

「当ててみせようか?」

自信満々の英を見て、和人が観念した。

「いいよ。・・・そう、西城高校だよ!徹也も西城を受験するって言ってたし、英も行くしね。」

「そのつもりだけど・・・」

「ん?」

英が急に歯切れ悪くなった。

「俺の場合はどんなに良くても合格ラインぎりぎりのはずだから、ライバルは一人でも少ない方が・・・。」

英は少し大げさに、上目づかいで困ったような顔をした。

「その分勉強教えてやるから、そんな冷たいこと言うなって。」

「ちぇっ、仕方ないな。でも俺がもし西城を落ちたら責任とってもらうからな。」

「責任って?」

「俺が橘和人として西城に行く。お前はどこかの滑り止め高校だ。」

「そんなのすぐばれるに決まってるだろ!」

薄暗い通りを歩く二人の会話は明るかった。

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