第19話

「みんないいぞ、その調子だ!」

楠田が興奮しながら選手を迎えた。

「園山、見事なカウンター攻撃だったな。まさに『してやったり』という感じだな。」

「でも監督、相手は攻め方を変えてきます。たぶんカウンターはもう使えません。」

言いながら英はグラウンドに足を延ばして座った。

すかさず1年生が英の足をマッサージする。

「なあに、相手は2点を取り返しに遮二無二しゃにむに攻めてくるさ。カウンターはさらに有効だ。」

楠田はそう言ったきり、戦術については特に何も語らなかった。


「園山先輩は、葉山中が後半どういう攻めをしてくると思いますか。」

英の隣に座った松永が尋ねた。

英はうつ伏せになりマッサージを受けている。

「さあな、攻め方はわからねえが、俺のマークはきつくなるだろうな。」

「大丈夫ですか?かなり疲れているようですけど。」

「まあ、なんとか持たせるさ。後半、松永には俺の分まで動いてもらうことになるだろうけどな。」

「俺は大丈夫です。どんどん使ってください。」

「それと、あのシュンってやつ。あいつは曲者だからな。必ず二人マークに行かないとやられる。」

「あのでかいやつですね。わかりました。みんなにもマークを徹底するように言っときます。」

「頼りにしてるぜ、後輩。」

英はそう言うと、目を閉じ、時間いっぱいまで休んだ。


ピーッ。後半開始の笛が鳴った。

葉山中はバックラインを前半よりもかなり下げてきた。

明らかにカウンターを警戒した守りだ。

さらに案の定、英には葉山中ミッドフィルダーがガチガチのマンマーク。

実力に勝る葉山中は、緑丘中の攻撃の糸口を切り、確実に勝つ作戦を選んできた。


(ちっ、やはりその手で来たか。)

英は思い切った作戦に出ることにした。

「松永、トップ下に入ってくれ。俺はボランチだ。」

「はい。」

(なるほど、敵は戸惑うだろうな。そして勝負どころで相手のマークを振り切って反撃に転じる。ミニゲームの時の戦法だな。)

松永は英の考えをすぐに理解した。

英がディフェンスに回ったことで葉山中は少し戸惑ったが、すぐに前半のフォーメーションに戻し波状攻撃をしかけた。

そして緑丘中はついに相手に得点を許してしまう。

桑田の守備力が弱いことを気付かれ、そこをつかれたのだ。

サイドライン際をドリブルしてきた相手のフォワードが、桑田を振り切り鋭いセンタリングを上げた。

ボールは長身のセンターフォワードにドンピシャ。

キーパーは一歩も動けず、ゴール右隅に決められた。


(ちくしょう、ついに1点入れられたか。それも後半が始まって10分も経っていないというのに…。)

英は中腰になり荒い息をついていた。

(でもここで守りに入ったら、一気にたたみかけられてしまう。ここが勝負所だ!)

だが、キックオフのボールを受けた英は、味方にパスをすると、後方に下がってしまった。

「園山、なに下がっているんだ。ここは攻める時だろ。」

楠田が怒鳴る。

その時、葉山中がボールをパスカットした。

そしてまた桑田がいる方のサイドから攻めてくる。

ディフェンスの選手がライン際を駆け上がり、パスを受ける。

桑田が振り切られた。

だが、桑田が抜かれた瞬間、桑田の後ろから英が現れ、ボールを奪う。


「松永!」

英はそう叫び、敵を一人かわし猛然と走りだした。

相手の選手が3人詰めてきたが、近づいてきた松永にパス。

松永はダイレクトで英に壁パス。

さらにパスを受けた英はゴールへ向かって突き進んだ。

松永はいつでもパスを受けられるように英の右側を走っている。

清水が前線で相手ディフェンスをかき回す。

ボールはハーフラインを5メートル程超えた位置まで来た。

(まだ、清水にはパスが通らない。もう少しゴールに近づかないと…。)

「逆サイドにパスだ!」

松永にパスしながら英が叫んだ。

チーム一の俊足、ウイングの持田がライン際を走っていた。

松永がパスをだす。

「松永フォローに行ってくれ。清水ニアサイドだ。」

そう言いながら英は持田の逆サイドへと走った。

清水がニアサイドに走りこむ。

持田からパスを受けた松永がセンタリング。

そのボールは清水の頭の上を越えて、ゴール中央フリーの英へ。

胸でワントラップしてシュート。

ボールはサイドネットに鋭く突き刺さった。


この1点が葉山中の反撃ムードを消し去った。

葉山中は、焦りからミスを連発し、逆に緑丘中に攻め込まれる場面が多くなった。

そして葉山中が意地の2点目を入れたところでゲームが終了。

スコアは3対2だ。

「やられたよ。」

センターサークルからベンチへ向かう英に、葉山中の長身フォワードが話しかけてきた。

「お前、園山っていうのか。お前みたいな選手がいるなんて知らなかったぞ。なんで県代表に選ばれなかったんだ。」

「さあ、そんなこと知らねえよ。」

「なあ園山、俺藤村学園に行くんだ。お前も行くだろ?」

藤村学園はサッカーの名門で、何度か全国優勝をしている強豪校だ。

「いや、俺は西城に行く。」

「西城?…そうか、お前頭いいんだな。」

「頭はよくないけど、西城に行かなきゃならないんだ。西城に行って藤学を倒す。」

「へえ、大きく出たな。わかった、じゃあ来年も敵か。高校では負けないぜ。」

「ああ、よろしくな。太刀中たちなかしゅん君。」

英は太刀中に背を向けて、味方のベンチに歩いて行く。

(俺の名前、何で知ってるんだ?)

太刀中は不思議そうに英の後ろ姿をしばらく見ていた。

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