第15話
それは対抗戦初戦の1日前の出来事だった。
放課後、和人たちサッカー部は軽めの練習を行っていた。
軽く汗をかくことと、これまでやってきたコンビネーションや、ポジショニングを確認することがその日の狙いだった。
30分ほど過ぎたとき、教頭の中山が血相を変えてグラウンドに走ってきた。
「楠田先生、ちょっと。」
言いながら監督の楠田の方へ走り寄り、何やら話しかける。
すると、楠田は大きな声で和人を呼んだ。
「橘、こっちへ来い!」
「はい。」
近付いた和人に楠田は言った。
「教頭先生と一緒に、すぐに中央病院へ行け。お母さんが意識不明の重体だそうだ。」
「えっ…」
「急いで着替えてこい。気をしっかり持つんだぞ。」
「は、はい。」
和人は部室へと走って行き、すぐに着替えて教頭と駐車場の方へ向かった。
楠田はサッカー部員を集めた。
「実は、橘のお母さんが倒れて病院に運ばれた。病名とかはっきりしたことはわからんが、意識不明の重体だそうだ。私もこれから病院へ行ってみる。」
部員は誰も口を開かず楠田の話を神妙に聞いている。
「明日の試合だが…、おそらく橘は出られないだろう。橘のポジション、センターバックの位置には澤田が入れ。左サイドバックは…。」
「先生、そこには桑田がいいと思います。この半月ずっとそのポジションを練習してきましたから。」
英が進言すると、
「そうか、じゃとりあえずそれでいこう。明日の集合時間はわかっているな、校門前に8時だ。清水、後の練習は任せたぞ。」
そう言うと楠田も駐車場の方へ走って行った。
「橘先輩が出られないのはやばいですよね。」
2年の松永が切り出した。
「いや、まだ出られないと決まったわけじゃない。お母さんの意識が戻るかもしれないし。」
と清水。
「仮に意識が戻ったとしても、出られないと思う。なあ清水、桑田を入れてちょっとディフェンスの練習をしてみようぜ。」
英がそう言うと、
「冷たいなあ英、お前と和人は親友だろ?」
「親友だけど、どうにもならないじゃないか。それとも試合を欠場するか?」
「欠場するわけないだろ、こんなに練習したのに。わかったよ、まあ最悪のことも想定しないとな。よし桑田を入れて練習するぞ。」
桑田の動きには、誰もが目をみはった。
実に危なげない動きで、ほとんどミスをしない。
「すごいじゃないか桑田、これなら十分いけるぞ。」
清水が太鼓判を押した。
「だが、自慢のオフサイドトラップは封印だ。こればっかりは練習できなかった。だから明日の試合はたぶん相手に押し込まれる場面が多いと思う。そこを耐えてカウンターで一気に攻めるんだ。少ないチャンスを確実に決めなければならないから、清水、お前の出来が大きく試合を左右するぞ。」
英が清水にはっぱをかける。
「任せとけって。ディフェンスの裏を突くのは自信があるんだ。あとは英や松永が俺にドンピシャのラストパスを出せばコンプリートさ。」
清水は自信満々だ。
「そのラストパスが難しいんですけどね」
松永が口をとがらるとみんなが笑顔になった。
「よし、今日はここまで。ダウンして終ろう。風邪をひかないようにな。」
清水の声がグラウンドに響き、その日の練習は終了した。
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