第14話

いよいよ1週間後に対抗戦が迫った。

組み合わせは既に決まっている。

緑丘中の1回戦の相手は、県大会ベスト4の葉山中 ― 強豪だ。

しかしその後の組み合わせは悪くない。

1回戦さえ勝ち抜けば、決勝まで行ける可能性は十分にあった。


葉山中とはこの1年間対戦したことはなかった。

不安はあったが、葉山中にとっても緑丘中は未知の相手だ。

しかも近年良い成績を残していないので、もしかしたらなめてかかってくるかもしれない。

その心の隙をついて先制点をとれば勝てるのではないか、それがチームの共通した思いだった。


ディフェンスは和人を中心に安定していたので、練習の中心は攻撃だった。

ただ、英だけはその練習内容に不満を隠せずにいた。

確かにディフェンス力は高いレベルにある。

ディフェンダーはこの一年間不動のメンバーで、オフサイドトラップをかけるタイミングは絶妙だった。

しかし、その不動のメンバーの一人でも欠けたら、自慢の連携は崩れ去るだろう。

英の心配はそこだった。

そうならないためにも、誰が欠場しても大丈夫なように控えのメンバーを入れて練習しておくべきだと、監督の楠田に何度か進言した。

だが楠田は、それを否定しないものの練習内容を変えようとはしなかった。

英の急激な”進化”で攻撃の幅が格段に広がったため、攻撃の練習に重点を置くようになっていた。


仕方なく英は練習時間の前と後に、毎日少しずつディフェンスの練習を桑田にさせた。

マークの仕方、他の選手のフォロー、シュートコースを消す動きなど、基本的な練習が中心だった。

オフサイドトラップのタイミングは実戦で感覚をつかんでいく必要があるのであえて教えなかった。


「へぇ~、かなりサマになってきたじゃないか、桑田。」

いつものように部活の後に英と特訓していた桑田に向かって、着替えを終えた和人が声をかけた。

「そうですか?橘さんに言われると自信がつくなあ。」

「俺だって同じことを最近言ってるぞ。俺の言葉はあてにならねえってことか?」

英が桑田をにらむ。

「そんなことはないです。ただ、橘さんはディフェンスの要だから、その…。」

「わかってるって、冗談だよ。まじめなところは和人にそっくりだな。」

英が桑田の頭をぽんと叩いた。

「でも英、その左サイドバックは澤田のポジションだぞ。頑丈な澤田がけがをするってのはほとんど考えられないけどな。」

「引っ込むのは澤田とは限らないさ。和人がけがをするかもしれない。そうすると和人のところに澤田が入って、澤田のところに桑田が入るってわけだ。」

「ふうん、何だか英って監督みたいになってきたなあ。前はそんなこと考えもしなかったくせに。」

「…おれも成長してるってことよ。よし桑田、今日はここまでだ。ところで和人、お前の母さん、調子はどう?病院に行くように言った?」

「特に悪そうな感じはないけど。」

すると英は、ふぅっとため息をつき、

「あのな、自覚症状がない病気っていうのもあるんだよ。健康診断は受けたほうがいいっていうだろ。」

「ああ、健康診断なら確か毎年受けてると思うよ。1つ2つしか悪いところがないっていつも自慢しているから。」

「その1つ2つが問題だろ。いいからすぐに精密検査を受けるように言うんだぞ。すぐにだ。」

「なんでそこまで言うんだよ。ちょっと変だぞ英。」

「・・・夢を見たんだよ。」

「ん、夢?」

「そう、お前の母さんが死んじゃう夢だ。それも対抗戦初戦の1日前に。」

「英、やっぱりお前、変。」

「そうだよな~。信じらんないよな。俺とお前が逆の立場だったとしたら俺も信じないもんな~。」

英は両手を組んでため息をつくと、頭を垂れてとぼとぼと部室に入っていった。


和人が英の着替え待っていると、前川徹也が部室の前を通りかかった。

「毎日毎日よく練習なんかやってられるな。汗臭いぞ和人。」

「お前こそこんな時間まで何やってたんだよ。」

「俺か?俺は図書室でお勉強だ。」

「なんだマンガか。もったいないな、徹也の運動神経なら何やってもすぐレギュラーになれるのに。」

「マンガって決めつけるなよ、否定しないけど。まあスポーツは好きだ、特に球技は。でも過酷な練習は俺には向いてない。ところでどうだよサッカー部の調子は。」

「うわさは聞いてるだろ?葉山中にだって勝ちそうな勢いだ。」

「英がすごいんだってな。聞いたか?あいつこの前の実力テスト、1教科も赤点がなかったんだぜ。あの英がだぞ!」

ごほん、という声がして徹也が振り向くと、英がサッカーボールを持って立っていた。

「あの英がどうしたって?赤点がないくらいで騒ぐなよ。おれは西城に行くつもりだからな。」

「…」

和人と徹也があっけにとられた。

「西城だって?お前自分のことわかってるのか?お前は園山英だぞ。学年で成績ワースト1の!」

徹也が大きな声を出した。

西城とは県立西城高校のことで、県内でも学力がベスト10に入る進学校だ。

英の今の学力では、まず合格することはできない。

「まあ見てろって。」

英が自信満々に胸を張る。

「和人、騙されるなよ。そんな無謀なことするわけないじゃないか。他の誰が西城を受かっても英だけは受かんねえよ。」

徹也がニヤニヤ笑う。

だが、和人の顔は笑っていない。

(今の英なら、本当に西城に合格するかもしれない。いやきっと合格する!)

和人は背中がぞわぞわするのを感じた。

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