第12話

和人が家に着くと、母由紀枝がクロベエを散歩に連れて行こうとするところだった。

でも和人は英の話が気になったので、自分が散歩に行くことにした。

「助かるわ~。毎日でも連れてっていいわよ。」

母はにこにこしながらリードを和人に手渡す。


(なんだ、全然元気じゃないか。英ってほんと最近変だよな。)


和人がクロベエの散歩を買って出たのは、月野千波とすれ違うかもしれないという期待もあったからだ。

あの日以降、何度かクロベエと散歩したが、千波とは1度も出会わなかった。

(千波ちゃんが散歩コースを変えたんだろうか。それともあの日だけいつもと違うコースを来ていたのかな。)

和人は思い切って、散歩コースを変えてみた。

千波の家は知らなかったが、住んでいる地区は知っていたので、その地区に向かって歩き出す。

いつもの散歩時間はだいたい40分、片道20分が目安だった。

だが、気がつくとすでに30分もたっていた。

そろそろ帰らないと、母が心配する。

千波に会えなかったのは残念だったが、和人は仕方なく来た道を引き返した。


すると50メートルほど前方の道路に、一匹の犬が見えた。

首輪にはリードがつながっているが、そのリードを持つ者は誰もいない。

太郎とかいうミニチュアダックスにとてもよく似ていた。

すぐにその犬は、和人たちに気づき吠えだした。

千波の姿は見えない。

(でもきっとあれは太郎だ)

和人がそう思った時、その犬の後ろから女の子が走って来るのが見えた。

「太郎、太郎ってば、動かないで、そこにいるのよ。」

少し遠いが千波だとわかる。

千波はリードをさっと拾い上げ、吠える太郎を引っ張ってそのまま近くの家の門に入った。


和人たちがその門の前に近づいた時もまだ太郎は吠えていたが、その声は玄関から聞こえていた。

玄関のドアは開いたまま、太郎の足を拭いている千波の後ろ姿が見える。

「もう、太郎!吠えたらだめってば。」

振り向いた千波と和人の目が合った。

「すみません、この犬ったら全然私の言うことをきかなくって。」


和人は、「いや、…。」

というのがやっとだった。

本当は、もっといろんな話をしたかった。

散歩は毎日しているのか、どの辺りを歩いているのか、犬は何歳になるのか、部活の後の散歩はきつくないかなど、千波と出会った時話すことを何度か想像はしていた。

だが、いざ本人と向き合うと、緊張のあまりそれ以上の言葉がでてこない。

和人の顔は真っ赤になっていた。


すぐにいたたまれなくなって立ち去ろうとすると門の標識が目に入った。

そこには「月野」と書かれていた。

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