第8話

Bチームは2年生ながらチームの要、トップ下の松永がゲームを組み立てた。

ゴールキーパーも2年生で、185センチの長身、金井。

ディフェンスで攻撃にも参加するリベロの和人。

そしてキャプテン清水のほかに1年生が3人いた。

総合力では、明らかにCチームに勝っていたし、最初の5分間はほとんどボールを支配していた。

英はというと、なんとかパスカットをしようと走り回っていたが、Bチームに思うようにボールを回され、荒い息を吐いている。

そしてゲーム開始7分後に、ついに清水のボレーシュートが決まった。

「ようし、この調子であと2点取るぞ。」

「清水さん、ハットトリック狙ってください。どんどんパス出しますから。」

松永の声に、すぐに敵チームの英が反応した。

「おい松永、調子に乗るなよ。ゲームはこれからだ。」


英はそう言うと、Cチームのメンバーに指示をし始めた。

「ポジションを変えるぞ。おれがセンターバックをやる。みんなはおれがボールを持ったらすぐに攻撃に切り替えてくれ。加藤はもっと左に寄って、勝本は…。」

それを聞いて清水が和人に耳打ちした。

「おいおい、向こうは英がディフェンスをやるらしいぞ。かなり走っていたからな、疲れたんだ。こりゃあますます点が入りそうだ。」

「でも英がディフェンスやるってのはめずらしいな。何か考えがあるのかも。」

「ないない。誰より考えるのが嫌いな英だぞ。さあ、ガンガン攻めようぜ。」

清水は右手を顔の前で横に振りながらそう言うと、キックオフのボールにプレッシャーをかけに行った。

相手チームのパスが英に渡る。

「森田、走れ!」

英は相手ゴールに向かってボールを強く蹴った。

3年生で俊足の森田が、ボールに追いつく。

マークするのは和人だ。

「勝本、フォローだ。加藤はもっと右に。」

英がてきぱきと指示すると、Cチームのボールがつながり出した。

「今だ、来い。」

英がボールを持った選手と交差するように後ろから走ってきてパスをもらう。

スクリーンプレー。

英に和人が詰める。

1対1。

英のフェイント。

ボールをまたぐ。

1回、もう1回。

必死に食らいつく和人。

そして英がボールをちょんと和人から見て左側に蹴り出した。

和人が素早く反応する。


反応したはずだった。

だが英はボールと一緒に和人の右側(英から見て左側)を抜けて行った。

鮮やかなフェイント。

完全に置き去りにされた和人の目に、英がキーパーをかわしシュートを決める姿が映った。

(何だ今のフェイントは!こんなの今まで見たことがないぞ。まるでボールが消えたみたいだ。)

和人は悔しいというよりあっけにとられていた。

そして思わず「すげぇ…」とつぶやいた。


「やられたな和人、次は止めてくれよ。」

清水が駈け寄ってきて言った。

「いや、無理だ。俺一人では止められない。それにあいつ…。」

「大丈夫だって、それにもう英にフリーで持たせないよ。」

清水はそういうとボールをつかみセンターサークルに向かった。

(そうじゃない。フェイントは確かにすごかったけど、それと同じくらいに状況判断がすごい。)

和人はそう思ったが、口には出さなかった。

この後のプレーで英がそれを皆に思い知らせるにちがいないと思ったからだ。


だが、和人の考えはあっけなく外れた。

英の足が両足ともつり始めたのだ。

そしてあっけなく勝負は決した。


大黒柱を亡くしたCチームは、次々に得点を許し、終わってみれば5対1。

清水が3点、松永が1点、そして和人も1点入れた。


「ま、ほかのチームにはちょっと気の毒だったな。俺らが強すぎた。」

清水は誇らしげだ。

「ちぇっ、俺の足がつらなかったらゲームはわからなかったのに。」

「足がつるってことは、鍛え方が足りないのだよ、園山君。それも実力のうちってこと。」

「はいはい。」

英は”何とでも言え”とばかりに顔を空に向けて小さく左右に振った。

悔しそうなそぶりだが、口元は笑っている。


二人のやり取りを見つめる和人の心は躍っていた。

それはゲームに勝ったからではなく、ふたりの会話が面白かったからでもない。

チームに欠けていた要素が突然思いもよらず満たされたからだ。


その要素とは・・・”司令塔”の誕生だった。

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