第6話

翌日の試験も、和人はまずまずの手ごたえを感じていた。

(何とか無事に終わった。それもこれもこのストップウォッチのおかげだ。)

和人は鞄の中に、ストップウォッチを入れて来ていた。


できれば自分のものにしたかった。

だが、これを落とした人の気持ちを考えると、それはどうしてもできなかった。

それに一体誰が、どうやってこんなすごい物を手に入れたのか、持ち主を探して聞いてみたかった。

持ち主を探すことなんてできないかもしれないけど・・・

授業が終わったらこれを交番に届けよう。

和人は覚悟を決めていた。


ホームルームが終わり下駄箱に来ると、ちょうど英が靴に履き替えるところだった。

「やっと今日から部活だな、英。」

「そうだな…、久しぶりの部活だ。」

英は感慨深げな感じで答えた。

ああ、やっと部活が始まった。長かったぁ!― こんな感じの答えが返ってくると思っていた和人はちょっと戸惑った。

「あ、俺ちょっと部活の前に行くとこがあるんだ。先に行ってて。」

和人はそう言うと校門の方に向けて足早に歩きだした。

最近急に英の様子がおかしくなった。

何か悩みでもあるんだろうか。

(後で直接本人に聞いてみよう。)


校門を出て、交番を目指した。

交番は15分ほど歩かなければならない。

話す内容はじっくり考えて決めていた。

それを再度確認しながら歩く。

こう訊ねられたらこう答えて、さらにこう訊ねられたらこう答えよう。

そんなふうに考えながら歩くと、あっという間に交番についた。

南町交番と書かれた看板が、いつになく大きく感じる。

交番に入るのは初めてだった。


一人の若い警察官が、椅子に座ってパソコンを操作していた。

「あの、すみません。」

和人は交番に入るなりそう切り出した。

「今朝、歩道でこのストップウォッチを拾ったんですが…。」

本当は今朝拾ったわけではなかったが、拾ってすぐに届け出なかった理由を聞かれるのが面倒だった。

若い警察官は元気なはきはきした声で答えた。

「ああ、拾得物ですね。んーと、拾った時の状況を教えてもらえますか?あっその前にここに座って。」

警察官は和人を椅子に座るように促し、書類を出した。

「まず時間だけど…。」

和人は聞かれるままに時間、場所、その時の状況、自分の住所、氏名など、準備していた答えを述べた。

「だいたいわかりました。こういう特殊なものは、落とし主が警察に届け出る場合が多いから、たぶんこれも届け出がされるでしょう。もしかしたらもう出ているかもしれない。そうだ、ちょっと待ってて。」

警察官は、どこかへ電話し始めた。

「もしもし、こちら南町交番から橋田です。ええ、…はい、実はストップウォッチの拾得物がありましたので、そちらに届け出はなかったでしょうか。今朝拾ったそうです。…ああ、はい、そうですか、わかりました。一応書類をFAXしときます。それでは失礼します。」

ガチャリと受話器が置かれた。

「まだ本署にも届け出はされてないらしい。まぁ、すぐに落とし主がわかるだろう。届けてくれてありがとう。」

そう言って警察官は立ち上がった。

それはもう帰っていいということを、意味していた。

だが和人は気になっていたことを尋ねた。

「落とし主が現われなかったらどうなるんですか。」

橋田という警察官はちょっとびっくりしたように眉を上げたが、冷静に答えた。

「あ、そうだ。それを言ってなかったね。6ヶ月を過ぎても落とし主が現われなかったら、君のものにできるよ。要らなければ処分される。どっちがいい?」

「欲しいです。」

和人は即座にそう答え、若い警官が調書にそれを書き留めるのを見届けると、足早に交番を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る