第5話

「ただいまー」

靴を脱ぎ階段をのぼると「おかえりなさ~い」と母・由紀枝の声がキッチンの方から聞こえた。

夕食までは少し時間がある。

自分の部屋に鞄を置き、和人はクロベエを散歩に連れていくことにした。

和人が玄関から姿を見せるとクロベエは、3㎡ほどの庭を所狭しとはしゃぎまわった。

「クロベエ、お座り。」

クロベエはハッハッと荒い息を吐きながら、きちんと「お座り」をしてリードをつけてもらう。

「よし。」という和人の声で、クロベエが駆けだした。

和人はクロベエに引っ張られるようにして、軽く走った。

散歩のコースはいつも決まっている。

車の通りが少ない道を約40分かけて歩く。


10分ほど行くと、ミニチュアダックスを連れた女の子が、前方からこちらへ向かってきた。

和人はその女の子を知っていた。

1学年下でバスケット部の月野千波つきのちなみという名の子だった。

いつも明るく愛嬌があり、2年生はもとより3年生の男子の間でも可愛いと評判の女の子だ。

その女の子との距離が10mにまで近くなった。


すると、その小さな犬が、クロベエに向かって吠えだした。

クロベエも少し止まって身構えたが、飼い主がその犬を引き寄せているのを見て、安心したのだろう、前方を向きゆっくりと歩き出した。

「だめよ太郎、だめ。」

千波が必死でなだめるが、ワンワンとけたたましい声がますます激しくなってくる。

ちょうどすれ違う瞬間、和人と千波の目が合った。

千波は和人を見て、申し訳なさそうに軽く会釈をした。

和人も会釈を返す。


と、その瞬間、

「きゃっ!」

千波が短い悲鳴を漏らした。

手からリードが離れ、太郎という犬がクロベエにパッと近寄る。

クロベエは素早く身構え、「ぐぅぅぅぅ」と低く吠えて威嚇した。

太郎は吠えながら、クロベエの1メートル程前を、跳ねたり飛びついたりしそうな姿勢をとりながら、右へ左へめまぐるしく動く。

「大丈夫。クロベエは自分より弱い相手をけがさせたりしないから。」

和人はクロベエのリードをしっかりつかんで言った。

「すみません・・・」

そう言いながら千波は太郎のリードを捕まえようとするが、なかなか捕まえきれない。

「捕まえた!」

ようやくリードを捕まえて、ぐっとクロベエの方から引き離す。

「本当にすみませんでした。」

「ううん、大丈夫。」

千波はすまなさそうに、ちょっとはにかみながら和人を見ていた。

左のほほにできたえくぼがチャーミングで、和人の顔はみるみる真っ赤になった。

「いくぞ、クロベエ。」

急にバツが悪くなって、和人は千波に背を向け少しぎこちなく歩きだした。

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