3

 どのくらい、時間が経ったのだろう。ベディヴィアはのろのろとした足取りで、王の遺体を引きずって歩いた。深い霧の立ち込める、森の奥のさらに奥まで、彼は血を流しながら歩いた。

 木葉の揺れる涼しい音が、彼の心を苦しめる。モードレッド軍の残党が、どこかに潜んでいるのではないか。そう思えば思うほど、彼の目からは涙が零れ落ちた。

 ……どこまで逃げ切っても、何も変わらない。ベディヴィアは小枝を踏みながら、陰鬱な獣道を進んだ。あまりにも、残酷な戦いだった。味方はすでに、死んでしまった。ランスロットの援軍は、間に合わなかった。彼は絶望に打ちひしがれ、全てを投げ出すように、道の端に腰を下ろした。

「何故、私は……。こんなにも、無力なのだ……」

 ベディヴィアの氷のような瞳は、深い鮮血に沈んだ。あまりにも出血しすぎたせいで、彼の気も遠くなっているのだ。

「ああ、せめて……。せめて、王だけでも……」

 彼は王の顔に手を伸ばし、滑らかな金髪を掬った。せめて王の首だけでも、守り抜かなくてはならない。敵の穢れた手に渡ることは、決してあってはならない……。

「私が……、私が、守らなくては……」

 最後の力を振り絞り、ベディヴィアは己の剣を振り上げた。神に赦しを乞いながら、王のかたい首を切り、次いで美しい四肢を切断した。

 ざわざわと騒ぐ木々の葉が、彼の心境と混ざり合う。何度も涙を零しながら、彼は王の肉を削いだ。

「こうするしか、ない……。王の威厳を、守るには……」


 ――誰の手も届かない場所に、安置するしかないのだ。


 ベディヴィアは神に祈りを捧げ、冷たい手で肉を摘まんだ。そしてきつく目を瞑ると、その肉塊を頬張った……。






 ……目を開けると、そこはかつての大広間だった。高い天井には旗が飾られており、部屋の中央には大きな円卓があった。ベディヴィアはその一席で、器に盛られた肉をつついていた。

 彼の両隣には、かつての円卓の騎士がいた。彼の目の前にも、かつての友人がいた。彼らは互いに言葉を交わし、面白そうに笑みを零した。

 ベディヴィアは曖昧な意識の中で、王の姿を探した。王は部屋の片隅で、甥のガウェインとチェスをしていた。それを見た彼は、何故だかひどく安堵した。これが神の見せる幻だと、自覚したのかもしれない。

 彼は器に手を伸ばし、香ばしい肉を一切れ、ゆっくりと口に含んだ。絶妙な焼き加減の肉は、今まで食べたどの料理よりも、実に耽美な味わいだった。彼は空想の酒を傾けながら、黙々と肉を頬張った。


 ――本当の私は、王の肉を食べているのだ。


 とろける肉を味わいながら、ベディヴィアは儚い夢に浸った。広間に響く竪琴は、きっとあの騎士の奏でた音だろう。近くで聞こえる皮肉は、きっとあの騎士の発した言葉だろう。虚構にまみれた偽りの部屋で、彼は静かに肉をはみ、やがて深い眠りに落ちた。醒めることのない、永遠の夢に。

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