――ベディヴィアは静かにこうべを垂れて、鮮血を流す王を見た。王は怒りに震えながら、残る気力で彼を叱責していた。

「何故おまえは、この私に嘘をつくのだ。エクスカリバーを湖に投げろと、二度も命じたではないか」

 王は鋭い目つきで彼を睨み、苦しそうに顔を歪めた。ベディヴィアの握るエクスカリバーを、冷たい右手で指差しながら。

「いいか、次はないぞ。今すぐ湖へ戻り、その剣を還せ。さもなくば、今度はおまえの首を刎ねてやる」

 ベディヴィアは重い足を引きずり、再び湖へと戻った。本当は、動けないほどに重傷なのだ。しかし彼は、主君の命令に背くことはできなかった。傷だらけの腕を振り上げ、思い切り剣を投げ入れる。実に美しい弧を描き、剣は水面の境界に接した。

 ……そのとき、水中から女性の手が伸び、投げられた剣の柄を掴んだ。剣は三度、規則正しく振られ、そのまま底へと沈んでいった。ベディヴィアはついに、主の命をこなしたのだった。

 彼は大木の陰に戻り、王に事の全てを報告した。王は頭から血を流しながら、彼の言葉を全て聞いた。

「ようやく、終わったか……」

 王は一つ、息を吐いた。若い草木のような、明るい緑色の瞳は、この世とあの世を彷徨っていた。

「……どうやら、私は、ぐずぐずしすぎたようだ」

 ベディヴィアは何も言えずに、その場に大きく崩れ落ちた。王を安置する気力など、彼には残っていなかった。

「私を、あの岸辺まで、運んでくれ……。あの、舟のある、美しい水辺まで……」

 王の脳裏は、死に侵されて凍えていた。水辺にたゆたう小舟など、どこにもなかったのだ。

「見える、だろう……? あそこの、岸辺だ……」

 蚊の鳴くような細い声が、徐々に空気に溶けていく。やがて何も聞こえなくなると、ベディヴィアは声をあげて泣いた。

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