かくれんぼのサンタクロース

 駅前広場から少し離れてみれば、イルミネーションの数はぐっと少なくなり、比例して人通りも激減した。延々と伸びるラインを辿って将之が飛び込んだ先は、左右に民家が建ち並ぶ生活道路で、街路灯にぽつぽつとライトが飾られただけの路地裏に人影は無い。後方の会場から微かに聞こえてくる陽気なBGMが、この場所の寂しさをかえって助長していた。

 夜闇に白い息を荒く吐きながら、将之は足を止め、ゴクリと喉を鳴らす。

 青く染まる右目に映る光のライン。その終点は、将之から見て左奥。小さな郵便局の裏手にあたる電信柱の陰だった。

 電柱を挟んだ向こう側には、一抱えほどの大きさの光の塊がじっと留まっている。あたかも、身を潜めてこちらの出方を窺っているかのように。

 確認できたエネルギー量から、寄生体本体はさほど大きくはないだろうと将之は見当を付けていたが、どうやら当たりのようだ。

 距離を置いたまましばらく観察するが、光の塊が逃げ出したり襲いかかってきたりするような気配は無い。視界の中に浮かび上がるシルエットを油断無く見据えながら、将之は素早くスマホを操作し、奏に宛てて現在地とコネクトチップの貼り付けを指示するメッセージを送信した。

 待つことしばし。一分と経たずに、パチリという乾いた音が辺りに響く。

 将之の右目にしか見えなかったラインが忽ち左目にもはっきりと映し出され、急激に眩さを増した光が、広場から路地裏へ――背後から将之の頭上を越えて宙を走り抜ける。

 その光が電信柱の陰に到達した、その瞬間。ハードディスクの駆動音にも似た電子音を伴って、寄生体は3Dモデルのような姿を顕現させた。

 ――最初に「目が合った」のは、のっぺりとした顔だ。

 魚類にも似た、妙にまん丸で虚な目玉と、天に向けて緩く弧を描く分厚い唇。体は球体に近く、短い手足の可動域は無いに等しい。白い光で縁取られたコートやズボンは赤く、球体の真ん中には茶色のベルト。極めつけは、つるりとした顔面を覆った白い顎髭と、頭の上にちょこんとのったコートと揃いの三角帽子。

 どこかレトロな、サンタクロースを模した風船人形バルーンドール。それが、この寄生体に対して将之が抱いた印象だった。

 辿ってきたラインは帽子の尖端に繋がっており、ところどころで赤く点滅している。その色合いや瞬きの強弱は、駅前で目にした真っ赤なイルミネーションとそっくり同じである。一連の現象の原因は、どうやらこのサンタで間違いなさそうだった。

 実体を得て現実世界たる「実数次元」に姿を現しても、寄生体の行動に変化は見られない。実に静かなものである。

 これで、一つ目の橋は越えたと言っていい。

「よしよし。そのまま大人しくしててくれよ」

 呟き、将之は端末のロックを解除すると少しだけ距離を詰めた。

 とぼけた表情を暗闇に浮かび上がらせたサンタは、電柱に半身を隠してそんな将之の様子をじっと注視している。

 スラックス越しに十二月の冷たさを感じながら、将之は道路に膝を突いて端末に指を滑らせた。

「ゲットアップ、【LIZリズ】。対寄生体フェーズ・ワン」

 ≪承諾。データ解析を開始します≫

 男性でも女性でもない合成音声とともに、一回転した黒い蜥蜴が画面にコンソールを運んでくる。バーチャルアシスタントシステムである【LIZ】が無事に起動した証だ。データ解析を進めるウィンドウを尻目に、将之もまた仮想キーを叩いてプログラムの作成を進めていく。

 寄生体に抵抗や暴走の予兆はない。今のところは、だが。

「今回はオレ一人でもいけそうだな」

 順調に進んでいく処理に、将之は少しだけ口元を緩めた。

 将之の確立した駆除方法は実にシンプルで、実体化した寄生体に消滅プログラムを打ち込みさえすればいい。それ故、実のところ駆除作業自体は一人でも事足りるのだ。

 もっとも、それは理論上の話であり、これを実践するとなると様々な障害が付いて回る。

 まず、寄生体が素直に消滅プログラムの打ち込みを受け入れてくれることは稀だ。大抵は実体化と同時に暴れ出す。故に、駆除者は暴走する寄生体を相手にしながら消滅プログラムを作成する必要があり、よしんばそれを成せたとして、今度は暴れる寄生体に直接プログラムを打ち込む作業が待っている。

 だが、暴走する寄生体に至近距離まで接近し、端子を突き立てるという行為そのものが、常人にとっては自殺行為に等しい。奏が将之一人で寄生体を実体化させることを渋っていたのも、その危険性を誰より理解しているがためだった。

 そして、将之が奏と組んでいる理由もそこにある。

 プログラム作成はもとより、工学的分野についてはドのつく機械音痴である奏を相棒にしているのは、何も伊達や酔狂ではない。それが将之にとって必要なことであり、奏にそれだけの能力があるからだ。

 とは言え、今回の寄生体は幸いなことに大人しく場に留まっており、暴れ出すような気配も無い。プログラムが完成次第、奏の到着を待つまでもなく、将之が手ずから打ち込めば任務達成だ。当然、プログラムを打ち込むための装置ならば、将之も常に持ち歩いている。

 駆除の見通しが立ったことに安堵し、将之はズボンのベルト通しにリールで繋がれた装置へと手を伸ばす。勿論、寄生体からは目を離さないままで。

 目標であるサンタは、変わらず将之を無感情に見つめ返している。


 その目が、不意に強烈な赤い光を放った。


 併せて激しく明滅するイルミネーションが将之の視界を焼き、周囲で次々と破裂した電灯の悲鳴が路地裏に響き渡る。

「……っ!」

 咄嗟に将之は目を閉じ、両腕で顔を庇った。瞼の裏に強い光が焼き付き、残響が耳朶を揺さぶる。

 それはほんの短い間だったが、顔を上げた時にはすでに寄生体の姿は忽然と消え失せていた。

「ま、待て!」

 ラインはまだ繋がっている。慌てて立ち上がった将之は、暗闇に伸びる赤い光を辿って再び走り出した。

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